毎日、うちの百貨店でコーヒーを飲んで帰る、オバハンがいる。
何も買わない。絶対に買わない。
ただ、ひたすらにレストランで、コーヒーだけを飲んで帰る、ある意味の常連である。

身なりは決して良いとは言えないが、気取り屋である。
このオバハン、いつも店内をグルグルと歩き回り、メモを取るのである。
何をしているか・・それはデザインと網目を数えているのである。

全ての服を自分で作り、編むこのオバハン。
気に入ったセーターなどは、網目を数え、デザインと色を全く同じにして、自分で作って着ているツワモノである。
それを自慢げに言うのである。

去年から、私はこのオバハンに毎日のように話しかけられる。
それは、このオバハンの息子の嫁が日本人だからである。
去年、まだ私がここに勤め始めた頃、「あなた日本人?」と声をかけられて以来、毎日のことである。

会話の内容は、たいてい孫とスーパーについて。
2割しか聞いていないが、一応客なので聞いている。

今日も来た。
今日はオススメのパンについて、話すオバハン。
全くをもって、どうでもエエ。

と、突然「アナタは何パンを食べてるの?」と聞く。
「ライムギパンですけど・・」と私。
「まあ、それは良いわ。身体にも良いし、味わいも良いし。グッドチョイス」と褒められた。

「うちの孫に、あの日本人、白いパンを食べさせてるのよ。白いパンは健康にも良くないし、子供には悪影響。何度言うても、白いパンなのよ」と怒り始めた。

ついこの前まで、嫁のことは「キョウコ」と読んでいたのに、今日は「日本人」という呼び名になっている。
「だいたい、テスコ(こっちの大手スーパーの名前)で働いていることも嫌なのよ。英語もペラペラなのに、スーパーだなんて・・恥かしいわ」と言う。

ハハ~ン・・嫁が気に入らんのである。
「クリスマスは、一緒に過ごされるんですか?」と聞いたら、「さあね。日本人のやる事は、サッパリ分からないわ」と日本人の私に向かって言う。
「去年なんて、このマイナス気温の中、あえてクリスマスに日本人とうちの息子は子供を連れてキャンプに行ったし・・」とオバハン。

嫁はクリスマスから逃げていると見た。
一緒に過ごしたくないのである。

だいたいこのオバハン、以前にもこの日記に書いたが、自分の孫には日本語を教えないよう、この嫁に命令しているのである。
私がそれを聞いたとき、「ナゼ?」と思った。

オバハンは、「だって、生まれた時から2ヶ国語を話しかけたら、子供が困惑するでしょう?それに、イギリスで生まれて、イギリスで育っていくんだから、日本語を知る必要もないし」と言った。

「でも、お嫁さんの両親に会った時、会話出来ないのでは?」と聞いたが、「それはしょうがないじゃない。イギリスで生まれてるんだから。向こうの親もそれは理解するべきよ」と言いのけた。

「18歳になった時に、日本語を話したいなら、話せば良いのよ」とオバハンは言うた。
「それに、もともと半分は日本人の血が入っているんだから、いざ日本語を話そうと思えば、すぐ出来るようになるのよ」と凄い事を言い放った。

アホか・・・
18歳など、既に言語が形成されていて、遅いんじゃ!!
しかも、英語しか話してこなかった18歳など、英語なまりの日本語になるし、日本人の血が流れているとか、関係ないのである。

言語は、いかに小さい時から耳にいれるかなのである。
このオバハンは、こうして嫁に日本語を禁止させ、その上、スーパーで働いている事を恥ている。

イギリス人が、日本で働くのは簡単である。
英語教師になれば良いからである。
教師の免許がなくとも、国籍がイギリスならそれでいいが、日本人のいない外国で、日本人が仕事にありつけるなど、どれだけありがたく、大変な事か分かっていない。

私など、決して服を売りたくてイギリスに来たわけではない。
得意の病院で働き、ガンガン売り上げを上げ、自分のキャリアにしたいが、言葉も通じず、それもないこの田舎町で、生活をして行く事の大変さなど、このオバハンには分からんのである。

「ま、アナタもせいぜい頑張って、服を売ってちょうだい」と言って、ご機嫌さんで帰って行った。
なんじゃ、オマエ!!と思いつつ、「バ~イ!!」と笑顔を作れるようになった私である。
外国生活は、精神を鍛えるのである。