昨日続き きょうは豆まきの仕方について書こうと思ってたけど・・・・ | ★Star of Hope インナーボディーセラピスト☆WEAPON★
  豆まきの由来が気になったので今日は、豆まきの由来について・・・・・・立春の節分に豆を捲く「豆まき」の行事は、異国 中国から伝わった風習で「追儺(ついな)」と呼ばれており、行事的には、俗に「鬼やらい」・「なやらい」・「鬼走り」・「厄払い」・「厄おとし」・「厄神送り」と呼ばれ、疫病などをもたらす悪い鬼を追い払う儀式で、文武天皇の慶雲3年(西暦706年)に宮内で初めて行われたと言われています。


 豆まきは一般的に、一家の主人あるいは「長男」(その年の干支生まれの人)が豆をまくものとされていますが、家庭によっては、家族全員で、というところも多いようです。

  なぜ、豆まきに使う豆は炒った豆なのか?と思う方もいると思いますが、「炒る」は「射る」にも通じ、また、鬼や大豆は陰陽五行説(「木」・「火」・「土」・「金」・「水」の五行)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれており、「火」で大豆を炒る事で、鬼を封じ込めるという意味があります。そして最後は、豆を人間が食べてしまうことにより、鬼を退治した、ということになるわけですね(^-^)。

 豆を捲く際の声かけ・・・・1447年の「臥雲日件録」には「散熬豆因唱鬼外福内」とあるように、掛け声は通常「鬼は外、福は内」ですが、地域や神社によってバリエーションがあります。

 鬼を祭神または神のつかいとしている神社、また方避けの寺社では「鬼は外」ではなく、「鬼も内(鬼は内)」とされています。

  新宗教の大本は鬼神を「艮の金神(国常立尊)」と解釈しているので、同じく「鬼は内」とされていて、家庭内の豆まきに於いても、「鬼」の付く姓(比較的少数ですが 「鬼塚」・「鬼頭」など)の家庭もしくは鬼が付く地名の地域では「鬼は内」の掛け声が多いように大名九鬼家(南北朝時代から江戸時代末期まで活躍した一族)の領域でも、藩主に敬意を表して「鬼は内」とされていたようです。