現在読書している「ヒミコの暗号」。今読んでいる章の舞台は阿波(徳島県)だ。
昨夜、偶然、アマゾンで邪馬台国と阿波を話題にしているKindle本を2冊見つけた。
「ヒミコの暗号」の著者もこれらの阿波と邪馬台国を関連付けた本から着想を得たのだろうかと考えた。
「ヒミコの暗号」を読みながら、これらの本を読んでみたい。
アマゾンの2冊の商品説明を紹介しておく。
サイエンスで読み解く古代史ミステリー 最終結論 邪馬台国は阿波だった! Kindle版
古代史の定説を覆す驚愕の真実! 地形や気象、自然環境など、変ようがない過去の証拠を検証、調査し、論理的に導き出された邪馬台国の場所、そこは「阿波」だった! 畿内、北部九州など、既存の有力説を科学的アプローチにより明確に否定。邪馬台国の存在した場所が阿波でしかありえなかった理由を理系専門の著者が解説します。
(購入した本)
Q&Aでよくわかる!! 阿波倭邪馬台国論入門 Kindle版
内容紹介
みなさんは倭の国も邪馬台国も実は徳島県を中心とした四国の山上にあった、と聞いたらどう思うでしょうか。
まさかそんなはずはないというのが少し前の一般的なリアクションですが、最近ではWIKIPEDIAでも「邪馬台国」を調べると「邪馬台国四国説」としてちゃんと掲載されています。
九州でもない、近畿でもない、はっきりしないから出てきた苦し紛れの説でしょうか?
実はこれは「説」ではなく、「史実」であり、その詳細を日本国民全員で検証する段階に来た唯一確実な「論」なのです。
このことは、1976年に全国規模で刊行された『邪馬壱国は阿波だった‐魏志倭人伝と古事記との一致‐』(古代阿波研究会)という本で初めて世に出たのであり、現在この本から派生して、徳島には多くの民間の歴史研究会が存在し、活発に議論が交わされています。
徳島の昔からの呼び名では「阿波」ですが、古老たちはこの史実を知っていました。ただ彼らは様々な理由から「言上げ」せず黙っていたのです。
本書ではこの「阿波倭邪馬壹国」論を初めて聞く方でもよく分かるように、また読み終わった後、ご自身でも興味を持って調べることができるように、古代史ファンが気になるところのみを20のテーマに選んで、できるだけ簡潔にQ&A方式で書きました。
『邪馬壱国は阿波だった』の登場以来、数冊のこの件に関する本が全国規模で刊行され、また地元の範囲でも出版されましたが、これらの本の最初のページから見慣れない地名がたくさん出てきてそれが四国居住者以外にはまったくピンとこないという問題があります。
例えば阿波西部に「祖谷」という地名がありますが、読めますか?これは「いや」です。邪馬台国の周辺21か国に「伊邪国(いやこく)」があります。
徳島の南部の海岸地帯は古くは「和奈佐(わなさ)」と呼ばれていました。この地に「和奈佐意富曽神社」(わなさおふそじんじゃ)という延喜式神名帳に載っている神社があります。21か国にの一つに「華奴蘇奴国(わなさなこく)」がありますがここです。
こじつけでもなんでもなく、目の前に堂々と見えているのです。もし四国と阿波に新井白石が詳しければこのように簡単に邪馬壹国がどこにあるかは分かったのです。
これからでも遅くありません。ぜひ皆さんもグーグルマップででも良いですし、印刷された地図でもいいですし、そうしたものを使って、あるいは実際に来ていただいて、四国、そして瀬戸内海を中心とした地域に少しずつ馴染んで欲しいと思います。これまで頭の中だけで空論を戦わせていた虚しい論争に一気に片をつけてください。
本書のタイトルでは本書を手に取ろうとする読者の便宜を考えて、またインターネットで検索で表に出るように「邪馬台国」という字を使っていますが、本文中では「邪馬壹国」とさせていただきます。その理由も本文中で紹介しています。楽しみにしていてください。
また、現在徳島でもっとも活発に講演活動を行っている阿波古事記研究会・やまと研究会の三村隆範氏のインタビューを掲載しました。この阿波倭・邪馬壹国研究がどのような方向に向かっているかぜひご覧ください。
目次
はじめに
本書で参照されている主な文献
表記について
<人物名について>
<地名について>
<文中の引用元の氏名について>
第一章
Q&A 阿波倭邪馬壹国論 総論
Q1 四国に倭があったというのは本当ですか
Q2 古事記上巻(かみつまき)に書かれていることは神話ではなく四国で起こった歴史上の出来事というのは本当ですか
Q3 天照大神は阿波の神様なのですか。伊勢の神様なのではないですか
Q4 出雲も阿波にあったというのは本当ですか。島根県にあるのではないですか
Q5 もし倭王朝が阿波を中心とした四国にあるのなら立派な陵や墳墓があるのですか
Q6 天岩戸や黄泉の国、黄泉平坂のような神話の舞台は実在するのですか。八岐大蛇もいたのですか
Q7 もし古事記上巻に書かれていることが歴史上の事実なら、邪馬壹国の卑弥呼のことも古事記に書かれているのですか
Q8 宗女のトヨは誰ですか
Q9 魏志倭人伝に書かれた邪馬台国へのたどり着き方で四国にたどり着くのですか
Q10 四国山上が邪馬台国だということは魏志倭人伝に書かれているどこから分かるのですか
第二章
更なる検討が必要な事項
Q11 イザナギ・イザナミが沢山の子孫を残したのは実話だとして、彼らの生活した場所は存在するのでしょうか。また彼ら以前の神々や神話の舞台は実在したのでしょうか。
Q12 オオヒルメが卑弥呼だとすると倭王朝の歴史は皇紀より短くなりますが、ほぼ実在が確実な天皇との系譜はつながるのでしょうか
Q13 どうして島根県が出雲になって、宮崎県が高千穂になったのでしょうか
Q14 どうして不便な山上に都を置いたのでしょうか。交易をするなら沿岸部の方が便利だと思うのですが
Q15 もし阿波がそれほど古いのであれば、どうしてそのことが忘れられてしまったのでしょうか。今はもう皇室とはつながりがないのでしょうか
Q16 いったいいつ頃、倭王朝は奈良に都を移したのでしょうか。その原因は何でしょうか
Q17 四国にある地名が他県で全く同じ名前で見つかりますが、他県が四国を真似したのでしょうか。四国が他県を真似たのではないでしょうか
Q18 魏志倭人伝では周辺に21か国あり、それらの国名が出てきますが、それらの場所は特定されているのでしょうか
Q19 邪馬台国は、邪馬臺国なのでしょうか、邪馬壹国でしょうか?他の読み方でしょうか?
Q20 どうして東京や近畿の研究者は倭王朝が四国にあってそれは邪馬台国として魏志倭人伝に描かれたと言えないのでしょうか。何か秘密になっていることでもあるのでしょうか
第三章
三村隆範氏(阿波古事記研究会・やまと研究会)インタビュー
あとがき
付録1 まだまだあるぞ!解き明かされるべき阿波の謎
-あなたの調査を待っている-
付録2 阿波古事記研究本 比較
参考文献
さいごに
著者紹介

