2015年1月10日のリブログ。今朝のブログに書いた恐竜好きのFくんの話から続くブログである。
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新しく生徒が二人増え、それぞれ個人指導を依頼されました。今週、それぞれ面接をして、引き受けることにしました。
一人は中学1年生。ずば抜けたスポーツの才能があり、居住地周辺の中学校には当該スポーツの部活がなく、専門の先生もいないので、市教委の許可を得て、学区外の中学校に通っています。
高校入試時に(正式な名称はわかりませんが)中学校の推薦状をもらえるように成績を上げてもらいたいという依頼でした。この子は、明朗快活で、潜在的な学力は高いと思われるので、指導が楽しみです。
もう一人は小学1年生。入学前は通園施設で学び、保護者の強い希望で公立小学校に入学したのですが、最近、学校の授業についていけなくなったとのことです。
通常、面接には生徒本人と母親が来訪するのですが、この子の場合は、家族全員と通園施設の元担任(私の20年来の親友で、この子を紹介してくれた人)が来訪してくれました。教室に入りきれないので、教室の玄関先で挨拶したあと、生徒、母親、祖母、元担任だけ残っていただき、面接をしたのです。
この子をなんとかしたいという、家族の強い気持ちが伝わってきて、しばらく様子を見ながら、ともに学ぼうと覚悟を決めました。
閑話休題
前述の小学1年生と面接しているとき、私が「何が好きですか」と尋ねると、その子は「恐竜が好き。あのねぇ・・・」と答え、そのあと延々と20分近く、恐竜について、よどみなく流れるように、一気に語り始めたのです。まるで、映画のナレーターのようでした。
私は非常に驚き、目を白黒させていると、その子の祖母が「恐竜のDVDを見るのが好きで、その内容をまるごと覚えてしまったようです。見たり聞いたりしたことをまるごと覚えてしまいます。」と説明してくれました。
私は、大学生の時に日本教育史の授業で教わった、塙保己一(はなわ・ほきいち)のことを思い出しながら、「この子の可能性に賭けてみたい」と思いました。
塙保己一は、七歳の時、病気がもとで失明し、艱難辛苦を乗り越え、74歳のときに『群書類従』の編纂を完成させた人です。
塙保己一は、ヘレンケラーにも大きな影響を与えました。
ヘレンケラーは、昭和12年に、塙保己一を顕彰する社団法人温故学会に来会し、次のように語ったとのことです。
「私は子どものころ、母から塙先生をお手本にしなさいと励まされて育ちました。今日、先生の像に触れることができたことは、日本訪問における最も有意義なことと思います。先生の手垢の染みたお机と頭を傾けておられる敬虔なお姿とには、心からの尊敬を覚えました。先生のお名前は流れる水のように永遠に伝わることでしょう」
(「塙保己一史料館」のホームページから抜粋)
なんだか、無性に塙保己一の人となりと事跡を勉強したくなりました。