昨日、17:00からNHK BSプレミアムで「居眠り磐根 江戸草紙 陽炎の辻」の第2部の再放送を観ました。

初回の放送から数えて3回目の視聴でしたが、観るたびに、感涙しました。

 

かん‐るい【感涙】
心に深く感じて流す涙。ありがた涙。「感涙にむせぶ」「感涙肝(きも)に銘(めい)ず」
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

 

話の筋はというと

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船による物産を始めた坂崎磐根(いわね)の父は、 豊後関前藩(ぶんごせきまえはん)の国家老であり、物産とともに江戸の商い先に挨拶に来た。

磐音の父は、磐音、世話になった両替商の今津屋の奥女中おこんとその父である金兵衛を屋形船に誘い、宴席を設けた。

その席で、おこんを磐音の嫁にもらい受けたいと申し出、おこんと金兵衛は号泣する。

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私はこの場面で必ず感涙してしまいます。

 

涙といえば、もうひとつ。

50年ほど前、小学6年生だった私は、社会科の授業で「鉢の木」の話を知りました。

そして、授業中、NHKの教育テレビ(今のEテレ)で小学生向け歴史学習の番組を15分観ました。

「鉢の木」の話です。ウィキペディアであらすじを確認します。

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ある大雪の夕暮れ、下野国の佐野荘(現在の栃木県佐野市)の外れにあるあばら家に、旅の僧が現れて一夜の宿を求める。住人の武士は、貧しさゆえ接待も致されぬといったん断るが、雪道に悩む僧を見かねて招きいれ、なけなしの粟飯を出し、自分は佐野源左衛門尉常世といい、以前は三十余郷の所領を持つ身分であったが、一族の横領ですべて奪われ、このように落ちぶれたと身の上を語る。噺のうちにいろりの薪が尽きて火が消えかかったが、継ぎ足す薪もろくに無いのであった。常世は松・梅・桜のみごとな三鉢の盆栽を出してきて、栄えた昔に集めた自慢の品だが、今となっては無用のもの、これを薪にして、せめてものお持てなしに致しましょうと折って火にくべた。そして今はすべてを失った身の上だが、あのように鎧となぎなたと馬だけは残してあり、一旦鎌倉より召集があれば、馬に鞭打っていち早く鎌倉に駆け付け、命がけで戦うと決意を語る。

年があけて春になり、突然鎌倉から緊急召集の触れが出た。常世も古鎧に身をかため、痩せ馬に乗って駆けつけるが、鎌倉につくと、常世は北条時頼の御前に呼び出された。諸将の居並ぶ中、破れ鎧で平伏した常世に時頼は「あの雪の夜の旅僧は、実はこの自分である。言葉に偽りなく、馳せ参じてきたことをうれしく思う」と語りかけ、失った領地を返した上、あの晩の鉢の木にちなむ三箇所の領地(加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の領土)を新たに恩賞として与える。常世は感謝して引きさがり、はればれと佐野荘へと帰っていった。 

--ここまで

 

授業中、この番組を観て、担任や同級生の前にもかかわらず、私は号泣しました。

担任や同級生は驚いていましたが、号泣した自分自身が驚きました。

 

日本人は、勧善懲悪や因果応報の話が好きだと思います。

だから、銭形平次や遠山の金さん、大岡越前の話が長く好まれてきたと思います。