腰痛でひどい目に遭いました。正確には、右臀部の筋の疲労が起こした激痛だったようです。まだ痛みます。
入院中は、病気で効かなくなった右手右足を補うため左臀部が無意識のうちに右足の分まで「がんばって」しまうことにより痛み、毎朝毎晩、湿布薬を貼り替えてもらっていました。
まもなく退院して5か月が経とうとしていますが、振り返ってみますと・・・
・右手と右足が、力はないものの「自分のもの」という感覚が芽生えてきました。反面、麻痺感が出てきました。
・歩き練習のときは、交通安全のために杖を持って歩きますが、車が走っていない道路では杖を使わない歩きができるようになりました。駅に架かる跨線橋(こせんきょう)の階段を右足左足を互い違いに出して上り下りできるようになりました。自宅の階段でも練習しています。
・相変わらず、服のボタンのかけ外し、歯磨きは苦手で時間がかかります。
・自宅から教室まで、病気前は徒歩3分で到着した距離が、5分で歩けるようになりました。疲労感はないです。
・退院直後は、体重が順調に減り、18歳当時の体重まで20キロ近く落ちましたが、現在はそれより1.5キロ増えたところで停滞しています。
・食生活は入院時の食事と近くなるようにしています。好き嫌いがなくなりました。間食もしなくなりました。
・早寝早起きになりましたが、読書時間は激減しました。
・・・・・・こんな具合です。
さて、5月18日の読売新聞に「[論点スペシャル]先生の働き方改革 どうすれば」という記事が掲載されました。
教職員が忙しすぎることを危惧している記事で、3名の専門家が意見を述べていました。
これは「廊下を走らない」ことと同様に、「古くて新しい」問題かもしれません。
私の居住地は伝統的にスポーツが盛んな地域でした。教職員は部活動が終了してから事務仕事や生徒との交換日記を書いたりしていました。小さな子供のいる女性教員は大変な思いをしながら勤務していました。
このブログでは、今回は、記事の紹介は後日に譲り、私の体験談を書こうと思います。記事の内容が、学校現場の問題には「肉薄」していないと思ったからです。
私が就職した40年前は、市内のすべての小学校に野球部がありました。なにしろ、居住地は「黒潮打線」が有名でしたから。また、ほとんどの小学校に陸上部、野球部、体操部、水泳部、バスケットボール部、駅伝部があり、4月から3月まで1年を通して部活動がありました。
私が就職する1年前、40年以上前のことですが、居住地の某小学校の校長が、「先生方が教育指導以外のことできりきり舞いしている。本校は駅伝部を廃止し、駅伝大会から撤退する。」と宣言しました。そして、実際に実行しました。ところが、その学校は地元新聞からたたかれ、校長は左遷される憂き目に遭いました。その学校は翌年から駅伝部を復活させました。
今は野球・体操・水泳は学校教育から姿を消して、社会体育に移行したようですが、教員の多忙感は部活動が減ったものの、勤務実態はあまり変化しないようです。
教師自らの意識改革が絶対に必要だと思います。教師には2つのタイプがあるようです。「学生時代から、自らがその部活動(音楽を含む)を経験していて、指導が得意」なタイプと、「校務分掌上割り当てられ、興味関心がなく、しかたなくやっている」タイプです。
(疲れましたので、つづきます)