出版社や翻訳者が異なると、同じ文学でも読者に与える印象はどのくらい変わるのかな? と、いう疑問が浮かんだので、手元にある愛読書アンデルセン作『絵のない絵本』の同じ箇所を読み比べることにしました。
と、いっても、比較して優劣を競う、という意思はまったくなく、生徒たちに推薦するときの判断材料にしよう、と考えたのです。
読み比べたのは、『絵のない絵本 』 の「第一夜」の最後の場面です。
第一夜は、インドのガンジス川のほとりで、一人の美しい娘が、愛する人の安否を川に流した灯篭で占おうとしている場面です。
大畑末吉おおはたすえきち訳 岩波文庫(左:1983改版73刷/右:2011同72刷)
あかりは燃えながら、ふるえました。娘の心も、燃えて、ふるえました。娘はひざまずいて、祈りました。かたわらの草のなかに、しめっぽいへびが横たわっていました。けれども、娘はただ、梵天ブラーマと、婚約のひとの上のことばかりを思いつめていました。「あのひとは生きている!」と娘はよろこびの声をあげました。すると、山々からこだまがかえってきました。「あのひとは生きている!」
挿絵
童心社「若い人の絵本」シリーズの1冊
山室静やまむろしずか訳 岩崎ちひろ画(2001年76刷)
ランプが燃えあがって風に揺らぐたびに、むすめの心臓も燃えあがってふるえました。むすめはそこにひざまずいていのりました。かたわらの草の中には、気味のわるいへびがいたのですが、むすめはただもう神様と婚約者のことしか考えませんでした。
『あの人は生きている!』と、むすめは喜びの声をあげました。すると、あたりの山やまからも、こだまがかえってきました。『あの人は生きている!』
挿絵
川崎芳隆かわさきよしたか訳 角川文庫 Kindle版(2012)
でも、なおもランプは、ほのおをあげあげ、ゆらめいていました。心がかっかともえて、なにかしらふるえるような気持ちです。娘はつとひざまずき、おいのりをあげました。かたわらの草のなかには、ぬめぬめとつめたいへびが横たわっていたのに、娘はただもう梵天ブラーマーさまと、おむこさんのことしか、考えてはいませんでした。
「あのひとは生きている!」と、思わずもよろこびの声があふれてきました。すると、いっせいに山の峰々みねみねから、こだまがかえってくるのです。
「あのひとは生きている!」 ---と
『絵のない絵本』は、若く貧しい画家を目指す青年に、月が見た地上の出来事を青年に語って聞かせる、という小篇が集まった物語。序章・第一夜~第三十三夜に分けられ、アンデルセン自身の人生が投影され、ペーソスに溢れる短編集といってよいでしょう。
私は、心がざわついたときには、いつも『絵のない絵本』を読んで、心に澱んだ毒素を排出していました。
ペーソス
哀愁。しんみりとした哀れさ。▽pathos
[岩波 国語辞典 第七版 新版]
私は、岩波文庫版を数十年にわたって愛読してきました。ですから大畑末吉さんの訳出に慣れています。それでも今の生徒たちに読ませることを考えると、やや古風な文章かな、と、思いました。すべての物語に版画が添えられています。
童心社版は、山室静さんの文章も格調高く、何といっても岩崎ちひろさんの挿画によって物語の世界に惹き込まれます。
角川文庫版の川崎芳隆さんの文章は、平易で小学生でも読みやすいと思いました。
(追記)
角川文庫の紙版、新潮文庫の紙版を取り寄せることにしました。





