大湾節子さんの著書『幻の旅路』の

「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間 七ヶ国
イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ

→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→

フランス→オランダ→フランス→イギリス
の読後感の続きです。

幻の旅路

本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。

なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。

 

私の読後感を大湾さんがご自身のブログ「『幻の旅路』大湾節子のブログ」に、カラー写真を添えて転載してくださいました。添えられた写真によって、ご著書のイメージが膨らみます。

大湾さんのブログはこちらです。

 

 

お詫びと訂正

これまでのブログで、ブログの表題「大湾節子さんの『幻の旅路』を読む。(※)」の (※) に、(5)を2回書いてしまい、読後感の番号がずれていました。過去のブログに遡り、数字を訂正しましたので、今回は(23)ではなく(24)になることを、お詫びして訂正します。

 

 

116頁

グラナダ

10月10日 マドリード→グラナダ

 

大湾さんが到着したグラナダは、「水に恵まれた潤いのある町」と書いてあったガイドブックは現実とは違ったようです。

 

駅の外に一歩出たら、道路工事でもしているかと思うくらい、そこら中に砂埃がたって、非常に乾燥している。

 

海外旅行をするときに、ガイドブックは鵜呑みにすると危険なのでしょうか。それとも、たまたまグラナダが激変したのでしょうか。

 

田舎臭い駅に若い日本人女性が三、四人固まって降りてくる。彼女たちのまったく場違いなハイファッションが一際目立つ。何がおかしいのか、げらげらと大声を出して笑いこけている。

 

彼女たちは「ハイファッション」以上に「ハイテンション」だったのですね(笑)。

こういうシャレは英語でも通用するのでしょうか?

 

この光景を読んで、私は「おのぼりさん」という言葉を思い出してしまいました。

 

おのぼり‐さん【御上さん】 見物などのために都会に出て来た田舎者をからかいぎみにいう語。

Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

 

おのぼりさん【お上りさん】
〔軽蔑(けいべつ)して〕a bumpkin; a rustic

Progressive Japanese-English Dictionary, Second edition ゥ Shogakukan 1986,1993/プログレッシブ和英中辞典  第2版  ゥ小学館 1986,1993

 

 

大湾さんは、ホテルへ向かうために、彼女たちとタクシーに相乗りします。彼女たちは羽田空港で働いているとのこと。なるほど、職業柄、当時としては「ハイファッション」だったのかもしれません。

 

スペインだけ観光に来たというのに、みんなすごく大きなスーツケースを持っていて、全員の荷物をトランクに入れるのに苦労する。

(略)

一人旅をしていると言ったら「いいですねェー」「すごいですね ェー 」と口々に感心している。私の旅の現実など想像もつかないのだろう。

 

彼女たちは、ごく一般的な若い日本人女性なのでしょう。ですから、憧れの海外旅行に出た、という事実が、彼女たちをして「ハイテンション」にしていたのでしょうね。彼女たちは、それほど旅慣れていないので、あれこれ心配して不要な荷物を詰め込んだのでしょう。

おそらく、彼女たちにペトラの言葉を伝えても「へェ~、そうなのですかァ~」という感想しか出てこないでしょうし、大湾さんの旅の現実を想像することは不可能でしょう。

 

そして、大湾さんは「宿泊料金は安いが、シャワーの湯がぽたぽた程度しか出ない」ホテルに到着します。

 

 

117頁

アルハンブラ

 

夕涼みに町の人々が三々五々、アルハンブラの丘に登っていく。

(略)

眼下にグラナダの町が一望できる城塞まで登りきる。夕日はたったいま向こうの山の端に沈んだばかりで、辺り一面薄紫と茜色のベールに包まれ余韻が漂う。

(略)

厳かで静寂な空気が流れる。どこからか美しく物悲しい『アルハンブラの思い出』のギターの旋律が聞こえてくるようだ。

 

写真 1987.04.12 「グラナダ、アルパイシンの丘 木陰の下が村人たちの憩いの場」

大きな銀杏のような気が生い茂っている木陰に、多くの人たちがベンチに腰掛けています。その後ろには小窓が並ぶ、日本の瓦屋根のような屋根がある白い建物が見えます。

 

1987年は、私にとっても思い出深い年です。勤務校が文部省(当時)指定の全国公開研究会の研究校として、10月には全国公開を控えていました。私は研究副主任として準備に忙殺されながらも、大学院進学のための県教委の試験を受け、8月には大学院を受験しました。

若かったからできたのだ、と、今は思います。

 

「アルハンブラの思い出」で思い出しました。あの美しい旋律を、私がギター演奏の曲だと知ったのは、初めてLPレコードで聴いてからずっと後のことです。

私が最初に「アルハンブラの思い出」を聞いたのは、イタリア人のトランぺッター ニニ・ロッソのLPレコードでした。ですから、私は、この曲はトランペットのための曲だとばかり思っていました。何年も経ってから、NHKテレビの音楽番組で、ギターの曲であることを知りました。

 

 

 

(つづく)