大湾節子さんの著書『幻の旅路』の
「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間 七ヶ国
イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ
→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→
フランス→オランダ→フランス→イギリス
の読後感の続きです。
本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。
なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。
私の読後感を大湾さんがご自身のブログ「『幻の旅路』大湾節子のブログ」に、カラー写真を添えて転載してくださいました。添えられた写真によって、ご著書のイメージが膨らみます。
大湾さんのブログはこちらです。
今回読んだページには、これまでに読んできたページの中で、もっとも感動的な、胸に迫るお話が綴られていました。『幻の旅路』が単なる旅行記ではなく、「人生紀行」と呼ぶべき作品であることを確信しました。
97頁
ラ・ロシェルでオーストラリア人の夫婦に出会う
10月3日 ラ・ロシェル
駅の小さな案内所で情報を得ようとしたが、言葉が通じない。それでも町の中心に出るには、駅前の道を真っ直ぐ歩いていけということだけは分かった。案内所で後ろに立っていた家族が、親切にも自分たちの車に乗っていきなさいと申し出てくれた。
このように、見返りを求めない親切って、本当に心から感謝の気持ちが湧いてきますね。
私は、39歳の年に市教委の指導主事になりました。20年以上経ったので時効と考えて書きますが、学校現場とは何もかも勝手が違う教育行政の仕事に慣れず、ほとほと困っていたときに先輩指導主事に助けを求めました。先輩は、私の質問に耳を傾け、ていねいに教えてくれました。
はじめは、ただただありがたかったのですが、やがて気がつきました。
先輩は、私の質問に答えるとき、チラッチラッと、向こうの席の上司の顔を確認していました。「ちゃんと見てくれていますか?私はこんなにも親切に後輩指導主事の指導ができる人間ですよ」と、上司に対して、彼自身の素晴らしさを無言でアピールしているようでした。
そのことに気づいてからは、先輩を頼る頻度が激減しました。
一階のバーで一息つこうとテーブルに着いたら、向こうから見慣れた中年の夫婦がやって来る。二日前、モン・サン・ミッシェル城を見学していたときに出会ったオーストラリア人だ。
(略)彼等は六十歳前後だと思うが、思い切って仕事の権利を売り渡し、足腰がまだ丈夫な間にゆっくりヨーロッパを見て回っているのだという。
(略)
不便な簡易ホテルでも文句を言わず贅沢もしない。愚痴をこぼしたり病気をしたりする暇がなさそうな夫婦で、その瞬間瞬間を精一杯楽しんで生きているようで一緒に話をしていてとても楽しかった。
98頁 写真
1984.04.06 「メルボルンの公園で 4年後モリーとパットを訪ねる」
写真には、人柄の良さがにじみ出ている老夫婦が写っています。
写真の説明には「メルボルン」、「4年後」と書かれています。
つまり、大湾さんは、ラ・ロシェルで出会った老夫婦の住むオーストラリアで、老夫婦のモリーさんとパットさんに再会するのです。
日本の古い諺を思い出しました。
袖振り合うも=他生(たしょう)[=多生(たしょう)]の縁
見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉もすべて深い宿縁によって起こるのだということ。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988
モリーさんとパットさん夫妻と大湾さんのふれあいの様子が99頁に書かれています。
それから四年後の1984年四月、私はオーストラリアのメルボルン郊外ビクトリアに彼らの家を訪ねた。
(略)
着いた日には白い刺繍入りの入りのベッドカバーの上の枕元に、一輪のばらの花とチョコレートが置いてあった。私の滞在中、彼らは奥の小さな部屋に移り、私には自分たちの寝室を提供してくれた。
旅先で知り合った友人を、 こまやかな心遣いでもてなしてくれる老夫婦の様子がよくわかり、読んでいて「ああ、国とか国境とかとは関係なく、よい人は世界中にいるのだな」と、嬉しくなりました。
そして、さらに感動的な場面は続きます。
次の目的地に出発する朝、二人でメルボルンのバスターミナルまで送ってくれ、私がバスに乗り込むとき、奥さんが茶色の紙袋を手渡してくれた。
バスの中で袋を開けてみたら、彼女が朝出発前に用意したと思われるサンドイッチとクッキーとバナナが一本、なかから出てきた。思わず目頭が熱くなった。
些細ささいな事と言ってしまえばそれまでですが、一人旅を続ける大湾さんには、モリーさんの、打算の無い、心から友人の旅の無事を祈る気持ちが伝わってきたのだと思いました。
読んでいる私まで目頭が熱くなりました。
そして、衝撃的な出来事が訪れます。
2006年11月27日、(略)オーストラリアから突然電話が入った。最初よく聞き取れなかったが、モリーという女性の名前を聞いてすぐ分かった。
彼女の息子からで、母親が衰弱して亡くなったという知らせだった。私とは会っていないが、いつも両親が話していたからよく知っているといっていた。彼の電話で一瞬にしてラ・ロシェルで彼らに会ったときのことが思い出されてきた。そのときのことを電話で話してあげると、息子も一緒に泣いていた。
次の日、Eメールで両親と私が一緒に写った写真を葬式に飾っていいかと尋ねてきた。彼女は享年八十七歳だった。彼らとラ・ロシェルで出会ったのは二十六年前だから、丁度あの頃モリーはいまの私の歳だったのだ。
旅先で出会ってから26年。何という長い年月でしょう。
旅で出会った人との交流とは、物理的な交流とともに、心の、精神的な交流として継続されるのだな、と、深く感動しました。
26年経って、国際電話とEメールとで友人の葬儀に「立ち会う」ことができたという事実は、大湾さんの旅が言葉どおりの「幻の旅路」ではなく、「確固として存在した人生航路」であったことの証明であります。
冒頭にも書きましたが、今回読んだページには、これまでに読んできたページの中で、もっとも感動的な、胸に迫るお話が綴られていました。本当によいご本を読ませていただき、著者の大湾さんには心から感謝申し上げます。
このあと、2匹の猫の話も登場するのですが、読後感が長くなりましたので、次回に譲らせていただきます。
(つづく)
