6大湾節子さんの著書『幻の旅路』の
「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間 七ヶ国
イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ
→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→
フランス→オランダ→フランス→イギリス
の読後感の続きです。
本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。
なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。
私の読後感を大湾さんがご自身のブログ「『幻の旅路』大湾節子のブログ」に、カラー写真を添えて転載してくださいました。添えられた写真によって、ご著書のイメージが膨らみます。
大湾さんのブログはこちらです。
95頁
ナント泊まり
ここまで『幻の旅路』を読んできてわかったことは、「大湾さんは、たいていの場合、現地到着後にホテルを探す」ということです。旅慣れた大湾さんだからこそ、の、「業わざ」と言ってよいと思いました。
私などは、学生時代は「勉強したくて時間が惜しい」と言うのが口癖で、大学時代はクラスの日帰り旅行に1度行っただけ。大学院時代は蟹が旨いと聞いていた城崎きのさき温泉のある兵庫県に2年間も居たのに、食料・生活用品や書籍の買い出し以外は、一度も学舎から出ませんでした。現役の教職時代も、どこかに出かけたという記憶は職員旅行しかありません。
いや、まったくもって、自慢できる話ではありません・・・・・・。
ですから、大湾さんの人生紀行を読むにつけ、「うわーっ、大丈夫かなーっ」と声が出るのです(笑)。
ナント駅で降りて、駅前周辺を見渡すが、華やかな商店街が並んでいるだけで、ホテルらしき高い建物がない。案内所に行ってみたが既に閉まっている。出会う人に手あたり次第、英語が分かるか聞いてみたが、ノン( Non )。ヨーロッパならどこでも英語が通じると思って、簡単なフランス語さえ覚えてこなかったが、これは大間違いだった。
(略)
やっと一軒、下がバーで、上の階がホテルになっている店を見つける。
私も「ヨーロッパならどこでも英語が通じる」と思っていましたので、意外でした。
いやはや、それにしても大変でしたね。若くて元気が溢れる頃の大湾さんだからできた、と言っては言い過ぎでしょうか?
96頁
ナントの町で
10月2日 ナント
さすがに芸術の国、こんな垢抜けない町にも立派な美術館があって、日本なら行列を作って観にくるようなジョルジュ・ド・ラ・トゥール、アングル、クールベといった巨匠の優れた作品が何点も集められている。
昔、居住地に市民オーケストラがあった頃、10年近くトランペットを吹いていました。当時の指揮者の先生がよく言っていました。「オーケストラがあるか、ないか、で、その町の文化レベルが分かる」と。
オーケストラの有無と同じように、美術館の有無も、当該地の文化水準が分かる指標ではないか、と、思います。
今回はちょっと洒落気を出してホットカーラーまで詰め込んできたが、安ホテルでは変圧器が使えない。スーツケースの底で大きな顔をして場所と重さを占めているのには、恨めしくて仕方がない。結局ホテルから駅までは、休み休みで三十分もかかった。まるで大きな石を何個も詰めこんだスーツケースを運んでいるようで、手が抜けそうだった。
本当に大変な思いをなさいましたね。私などは杉の木の枝の伐採以来、足かけ3年も肩と腕を傷めていましたから、容易に想像がつきました。この1~2か月、春めいてきてからは、ようやく肩と腕の痛みを忘れる日が多くなりましたが、重い荷物を引きずりながら宿探しをしていた大湾さんには脱帽です。「苦行」と言っては失礼ですが、私には本当に苦行のようだ、と、思いました。気力・体力と、夢と希望に支えられて、新しい世界を覗こうとする楽しみが大湾さんを旅に誘いざなっていたのだろうか、と、考えながら読ませていただきました。
(つづく)
