大湾節子さんの著書『幻の旅路』の
「第2章 1979年、第二回目の旅」
9月3日~9月24日 22日間 五ヶ国(ツアー)
イタリア→オランダ→ベルギー→フランス→イギリス
の読後感の続きを書きます。

幻の旅路

今回から本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。

なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。

 

66頁

故障した日本人観光客のバス

9月12日 アムステルダム→ブリュッセル→パリ

 

アムステルダムを出発したバスはブリュッセル経由でその日のうちにパリに到着する。途中、高速道路で故障しているバスを見かけた。道路際のコンクリートに、二、三十人ほど年配の日本人の男女が一列になって座っている。大分前から待たされているらしく、半分諦め顔である。

 

1979年と言いますと、首からカメラを提さげた東洋人の旅行客はたいてい日本人である、などと揶揄されていたという話を若い頃に聞きました。日本人旅行客が醸し出す特有の見た目があったのでしょうね。

 

我々のバスが止まり、(略)日本人グループを乗せていくことに話が決まったらしい。(略)そして座席に着くや否や、何やら細かな物を色々取り出してまとめて私に手渡してくれる。

「グループの皆さんにあげてください」。見ると、小さな扇子とか和紙の紙幣入れとか、気の利いた小物がいくつか集まっている。何かのときにと、ちょっとした日本の物を持ってきたのだろう。それを役立てるときがきたのだ。

 

たしかに、日本人気質と言いましょうか、日本人はきめの細かい心遣いができる民族なのかもしれません。少しずつ失われてきている、というより、すでに「崩壊」していると感じることが多々ありますが・・・。

 

ツアーの人たちに彼らの心遣いを通訳すると、みんなも喜んでサンキュー、サンキューと礼を言って、パチパチ拍手している。こんなときの日本人のちょっとした心づかいや気前の良さ、気が利いていてとても気持ちがいい。

 

国際交流とか国際親善などということは、特別な立場の人たちがおこなうことではなく、普通の人間が何気なく普通におこなうことで、静かに進展していくのかもしれない・・・こんなことを考えました。

 

67頁

パリの友だちジャン・ピェール

9月13日 パリ

 

昨年ローマで会ったジャン・ピェールがホテルに迎えに来てくれる。(略)彼の英語はフランス語のアクセントが強くとても柔らかく響くが、中身のない上辺だけの新しい文化に対して言葉は厳しい。私たちが止まっているホテルは、アメリカの物質主義の精神をそのまま反映している建物で、古くて美しいパリの街並みを壊してしまう物の一つだと言い切る。

 

旅の出逢いは一期一会と言いますが、毎年のように旅に出ていた大湾さんにとっては「昨年ローマで会ったジャン・ピェールさんとパリで会う」というようなことがたくさんあったのでしょうか。一期一会も一瞬一瞬が輝きますが、「またあの人に会える!」という期待感のほうが私はいいなぁ、と、思います。

「アメリカの物質主義の精神」、これは「商業主義」と言い換えてもよいように思います。2011年12月24日の読売新聞の文化面『時の余白に』に、「ホルショフスキーの奇跡」というエッセイが載りました。読売新聞の解説委員さんが毎月1回書いている連載記事の一つです。老ピアニストのホルショフスキーが数十年ぶりに復活したことを話題にしたエッセイでした。ここでもアメリカの商業主義(売れればよい、儲かればよい、という考え方)批判が書かれていたことを思い出しました。

 

私も二十代の留学生時代はひどく貧乏だった。でもいまはやはり年相応の、中も外もバランスのとれた生活をしていきたい。もちろん物質面だけ充足した生活はいやだが、といって精神面、つまり知的な創作面だけ満足できても、経済的に苦しいと、いらいらして病気になりかねない。しかし、彼のようにいろいろなプレッシャーに屈せず、純粋に自分の本来の姿を追求している人間に接すると、その強さや勇気に頭がさがる。

 

まったくそのとおり!と深く共感しました。物心両面が整っていて初めて充実を味わえるのでしょう。最近私は植野明磧先生の『良寛さん』を読むにつけ、「足ることを知った生活」とはどういうことか、を、ほんの少しだけ、理解できたような気がしています。もっとも良寛和尚は稀有の存在ですから、なかなか市井に生きる私たちなどが真似できることではありませんね。

 

食べる事には十分お金を使うのに、無駄なことは一切しないというヨーロッパ人の節約上手には感心した。

 

なるほど、話題は少し変わりますが、思い出したことがあります。

私が学生時代に外国の学校教育について学んでいたとき、たしか、イタリアかフランスだったでしょうか、昼休みの時間が数時間あって、子どもたちはいったん自宅に戻って昼食をとり、また学校に戻って午後の授業を受ける、と聞きました。

「食べる事には十分お金を使う」とは観点が違うかもしれませんが、欧米の人たちは「食事」を大切にしていることは間違いなさそうですね。

 

(つづく)

 

追伸

大湾さん、なかなか筆が遅くて申し訳ありません。ただ、体調の悪いときや気持ちが忙せわしないときには、落ち着いた気分で読後感が書けません。ゆっくりでも最終章まで書いていきたいという気持ちでいます。