佐藤一斎 著  久須本文雄 全訳注 『言志四録』 解題より
「三 著者 (三) 学説」

 解題の、この第三章第三節には次の4つの学説の概説が載っている。
   (イ)理気説  (ロ)宿命説  (ハ)死生説  (二)善悪説
 今夜のブログでは(イ)(ロ)の2つの学説を引用し、読後感を書いてみたい。

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 (イ)理気説  天地万物はことごとく気にして気が分れて天地万物となる。故に世界は唯一の気より成る。理は気の外に存せず。理と気とは一にして二、二にして一なる一如相即いちにょそうそく的関係にある。本体的な面からしてこれを理といい、変化流行の面からしてこれを気という。すなわち、理気の合一論を説くもので、これに基づいて天地万物の一体論を説いている。この点、王陽明の思想を祖述するもので、理気二元論を説く朱子の立場とは異なるものである。

 (ロ)宿命説  天地間の物事や人間社会の物事は、すべて一定の命数、すなわち天から授けられた運命によるものであるとしている。物事はすべて先天的に運命として決定されていて、人力を以てこれをどうすることもできない。したがって宿命説は自由意志の否定となるのである。かかる宿命説は、すなわち定命論であるが、これを否定して非命論を説くのが、中国春秋時代の思想家で兼愛・交利を説いた墨子(名は翟
てき。前四八〇頃)であって、儒道両家の定命論の立場とは異なっている。
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 まず、『国語大辞典』(小学館1988)を読み、意味を確認した言葉がいくつかあった。
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いちにょ【一如】
仏語。
1 (一は不二、如は不異)真実で永遠不変である真如のことで、真如の理が唯一絶対で平等であることをいう。
2 ただ一つであること。「物心不二一如」

そうそく(サウ‥)【相即】
仏語。二つのものが差別なく一つに融けあっていること。煩悩即菩提などの関係。即。

めいすう【命数】
1 生命の長さ。命のかぎり。天命。寿命。「命数が尽きる」
2 天から与えられた運命。自然のめぐりあわせ。運命。宿命。
3 数学で、ある数に名称を与えること。また、その数。→命数法。

じょうみょう(ヂャウミャウ)【定命】
仏語。人の寿命には一定の年限があることをいう。ほぼ八万歳を最長とし一〇歳を最短とする。

けんあい【兼愛】
どんな者をも区別なく、平等に愛すること。また、そのような愛。
けんあい‐せつ【兼愛説】 中国、戦国時代の思想家墨子(ぼくし)の唱えた教説。自分を愛するように人を愛し、親族と他人とを区別しないで、無差別平等に愛すること。自他の区別を認めない点で、儒家の博愛と異なる。
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 理気説は、概説を読み、なんとなく意味がわかった。日本人も東洋人だからであろうか。それでも、深い理解には至っていないが、まぁ、よしとした。
 宿命説は、そうだろうなぁ、と、思いながらも、自由意志を否定されては堪らないなぁ、とも思った。
 読書好き、勉強好きに生まれたのは宿命なのか?
 数学が苦手な生徒は、自由意志で勉強しても数学が分かるようにはならないのだろうか?
 そんなことはない、と、思うが・・・・・・。
 生活上の嗜好しこうや健康までもが動かしようのないものというのだろうか? そんなことはない、と、思う。なぜなら、毎日散歩して、寝たきり老人にならないように努めていることは、健康を向上させることにつながっている、と、思うのだが・・・・・・。

 それにしても、このように素人の水準以下の読後感しか書けない「ぼんくら頭」は、宿命論的に改善できそうにない、とも思うのである(苦笑)。


つづく