前回は、頼まれてもなかなか揮毫(きごう)に応じない良寛和尚が、手まりやハジキを贈った人には軽く筆をとったというところまででした。今回はその続きで、著者 植野明磧先生の解題をそのまま引用します。
本文中、傍点がついていることばは[ ]で囲みました。太字と下線はブログ筆者によります。なお、振仮名は現代教養文庫版を定本にしています。
--ここから
良寛さんの自作の手まりには、水仙や楓(かえで)の葉のほかに、[ざりがに]などの刺繍(ししゅう)を置いたものさえあって、その幾つかが今も大切に保存されています。おそらくそれらは、良寛さんが冬ごもりの徒然(つれづれ)に、暖炉の傍(そば)で愛する子どもたちの顔を思い浮かべながら、来るべき春に備えて丹念に縫い取ったものでありましょう。良寛さんが手まりを詠んだ詩に、
袖裏(しゅうり)の繍毬(しゅうきゅう) 値(あたい)千金
謂(おも)う言(われ) 好手等匹(とうひつ)無しと
箇中の意旨(いし) 若(も)し相問わば
一二三四五六七(ひふみよいいむな)
というのがあります。それは、「わしの袂のなかに入れてある[縫いとり]をした手まりは千両の値打ちのある立派なものじゃ。しかも、わしほどまりつきの上手な者はちょっと見当たらないじゃろうよ。なに? まりつきの極意を教えよと言うのか。それは、一二三四五六七、わしはただ、一生懸命つくからなのじゃ。」という意味ですが、良寛さんは、まりつきの極意について、一生懸命つくから上手なのだと言うだけで、なぜそんなに手まりをつくのかということには触れていません。わたしたちの知りたいのは、実はそのことなのです。
--ここまで
良寛和尚の漢詩は読解が難しいな、と思っていましたら、明磧先生は、ちゃんと現代語訳をつけてくださいました。まさに解題です。
そして、明磧先生自ら、「わたしたちの知りたいのは、実はそのこと」と、良寛和尚が漢詩には表現していない「たくさん手まりをつく理由」について、読者の疑問を代弁してくだっています。「一二三四五六七」というのも不思議ですね。
これから読む続きが楽しみです。次回のブログに続きます。
《辞書を読む》 『国語大辞典』(小学館1988)
わたしは「箇中」ということばがとても好きですので、このことばだけ、辞書を読んでみました。
こちゅう【個中・箇中】
1 此の中。ここだというところ。
2 学芸や物事の奥深い道理。また、それをきわめることによって得られる妙味。
3 禅家で此処(ここ)の意にいう。特に仏教の根本精神をさして「箇中の意」などと用いる。
個中の消息(しょうそく) 学芸やある物事のもつ深い事情、妙味。真実がどんなものであるかの様子。
本文中、傍点がついていることばは[ ]で囲みました。太字と下線はブログ筆者によります。なお、振仮名は現代教養文庫版を定本にしています。
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良寛さんの自作の手まりには、水仙や楓(かえで)の葉のほかに、[ざりがに]などの刺繍(ししゅう)を置いたものさえあって、その幾つかが今も大切に保存されています。おそらくそれらは、良寛さんが冬ごもりの徒然(つれづれ)に、暖炉の傍(そば)で愛する子どもたちの顔を思い浮かべながら、来るべき春に備えて丹念に縫い取ったものでありましょう。良寛さんが手まりを詠んだ詩に、
袖裏(しゅうり)の繍毬(しゅうきゅう) 値(あたい)千金
謂(おも)う言(われ) 好手等匹(とうひつ)無しと
箇中の意旨(いし) 若(も)し相問わば
一二三四五六七(ひふみよいいむな)
というのがあります。それは、「わしの袂のなかに入れてある[縫いとり]をした手まりは千両の値打ちのある立派なものじゃ。しかも、わしほどまりつきの上手な者はちょっと見当たらないじゃろうよ。なに? まりつきの極意を教えよと言うのか。それは、一二三四五六七、わしはただ、一生懸命つくからなのじゃ。」という意味ですが、良寛さんは、まりつきの極意について、一生懸命つくから上手なのだと言うだけで、なぜそんなに手まりをつくのかということには触れていません。わたしたちの知りたいのは、実はそのことなのです。
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良寛和尚の漢詩は読解が難しいな、と思っていましたら、明磧先生は、ちゃんと現代語訳をつけてくださいました。まさに解題です。
そして、明磧先生自ら、「わたしたちの知りたいのは、実はそのこと」と、良寛和尚が漢詩には表現していない「たくさん手まりをつく理由」について、読者の疑問を代弁してくだっています。「一二三四五六七」というのも不思議ですね。
これから読む続きが楽しみです。次回のブログに続きます。
《辞書を読む》 『国語大辞典』(小学館1988)
わたしは「箇中」ということばがとても好きですので、このことばだけ、辞書を読んでみました。
こちゅう【個中・箇中】
1 此の中。ここだというところ。
2 学芸や物事の奥深い道理。また、それをきわめることによって得られる妙味。
3 禅家で此処(ここ)の意にいう。特に仏教の根本精神をさして「箇中の意」などと用いる。
個中の消息(しょうそく) 学芸やある物事のもつ深い事情、妙味。真実がどんなものであるかの様子。