植野明磧先生の名著『良寛さん』の「喜びも悲しみも」を読みました。
今回の逸話は、長い冬と短い春が過ぎた新緑の初夏から始まり、「日照り」と「盆踊り」という2つのお話から成り立っています。
「日照り」のあらすじは次のようでした。
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国上の山の麓から、早乙女たちの田植え歌が聞こえてくる。
歌声に耳を傾けていた良寛さんは、筆を取って一枚の絵を画きつけた。
この頃は早苗とるらしわが庵は形(かた)を絵にかき手向けこそすれ
画き終えた良寛さんは静かに立ち上がって壁に貼り、香華を供えて読経を始めた。
農民たちの布施にすがって露命をつなぐ自分を深く省みる良寛さんは、その人たちに心からの感謝を捧げ、早苗の順調な発育をひたすら祈るのだった。
ところが、土用に入ると、その年は日照りが続き、ひと雫の雨も降らない。
あしびきの山田の老爺(おじ)がひねもすにい往き還らい水はこぶ見ゆ
五合庵を囲む木々の間から遥かに見える山田では、老いた農夫が炎天の中を、せっせと谷間の水を汲んで田んぼへ運んでいる。良寛さんは、その労苦に目を潤ませ、合掌せずにはおれなかった。
いくたびか草の庵を立ち出でて天つみ空を眺めつるかも
目を拭いながら、いったん庵室に入った良寛さんは、気がかりでじっとしていられない。
わが心雲の上まで通ひなば到らせたまへ天つ神漏岐(かむろぎ)
何度も庵を出たり這入ったりして空を眺め、慈みの雨の到来を、わが事のように祈るのだった。
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著者 植野明磧先生の解題はこうでした。
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このような農民たちとの敬けんな祈りが、土用を過ぎる頃から漸く報いられ、危うく旱魃(かんばつ)の被害をまぬれることができました。だれよりも喜んだのが良寛さんでした。そして、いよいよ盂蘭盆(うらぼん)がやってきたのです。
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良寛和尚は、田植えから稲の刈り取りまでの毎日、農民の仕事の無事と稲の実りを願い、旱魃に遭えば慈雨を願うというように、常に心は農民に寄り添っていたことがわかります。もし、この話を読んだ小中学生や高校生が、「農民からの布施によって生かされている良寛だから、米の収穫を願うのは当然だろう」などと感想を述べたときには、頭ごなしに叱ることなく、彼らに他の逸話を読み聞かせることで、自他の区別のない境涯に生きる良寛和尚の生き様を理解させてあげましょう。
今回の逸話の前には14の逸話(良寛禅師戒語を含む)があるのですから、順に読み進んできた若者には解説は不要かもしれませんね。
「日照り」に登場した言葉を『国語大辞典 新装版』(小学館1988)で読んでみました。(以下、同じ)
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さなえ(‥なへ)【早苗】
(「さ」は接頭語で、神稲の意か)苗代から本田に移し植えるころの稲の苗。田植に用いる稲の若苗。《季・夏》
こうげ(カウ‥)【香花・香華】
(「こうけ」とも)仏前に供える香と花。六種供養の一つ。こうばな。
ろめい【露命】露のようにはかない命。
露命を繋(つな)ぐ ほそぼそとはかない命を保つ。
どよう【土用】
1 陰暦で、立春・立夏・立秋・立冬の前各一八日間の称。陰陽五行説で四季を五行にあてはめる場合、春・夏・秋・冬を木・火・金・水に配すると土があまるので、四季それぞれ九〇日あるうちの終わりの五分の一ずつを土にあてたもの。春は清明、夏は小暑、秋は寒露、冬は小寒の後、各一三日目に土用に入り、一八日で土用が明けて次の季節が始まる。土用中に土を犯すことは忌むべきこととされ、葬送などはこの期間は延期された。
2 一般には、小暑から立秋までの夏の最も暑いさかり。夏の土用。暑気あたりを避けるため、また、元気をつけるため、蒜(にんにく)・鰻(うなぎ)などを食べる風習がある。《季・夏》
ろうや(ラウ‥)【老爺】
年をとった男。老翁。
ひねもす【終日】
朝から夕まで。一日中。ひめもす。ひめむす。*万葉‐四〇三七「比禰毛須(ヒネモス)に見とも飽くべき浦にあらなくに」
かむろき【神ろき】
(「かむろぎ」とも)=かみろき(神)*延喜式・祝詞‐祈年祭(出雲板訓)「皇睦(すへむつ)神漏伎(カムロキ)の命」
かみろき【神ろき】
(「かみろぎ」とも。「ろ」は接尾語。「き」は男性を表わす)神。また、祖神。特にその男神。⇔かみろみ。*続日本後紀‐嘉祥二年三月庚辰「賀美侶伎(カミロキ)の、すくなびこなが」
かみろみ【神ろみ】
(「ろ」は接尾語。「み」は女性を表わす)神。また、祖神。特に、その女神。⇔かみろき
うらぼん【盂蘭盆】
(梵ullambana「倒懸」の音訳)陰暦七月一五日を中心に行なわれる仏事。祖先の霊を自宅に迎え供物をそなえ、経をあげる。現在では、一三日夜に迎え火をたいて霊を迎えいれ、一六日夜に送り火で霊を送る。もともと「盂蘭盆経」の記事に基づくもの。推古天皇一四年に行なわれ、聖武天皇天平五年からは宮中恒例の仏事となった。一方、民間の盆行事は仏教要素以外のものも多く、正月に対応する祖霊祭の要素が強い。盂蘭盆祭。盂蘭盆会。魂祭(たままつり)。精霊会。歓喜会。盂蘭盆供。盂蘭盆供会。おぼん。ぼん。《季・秋》
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明磧先生の「そして、いよいよ盂蘭盆(うらぼん)がやってきたのです。」という言葉に続いて、お話は「盆踊り」へと続きます。
「盆踊り」のあらすじは次のようでした。
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風は清し月はさやけしいざともに踊り明かさむ老の名残りに
いざ歌へわれ立ち舞わむひさかたの今宵の月にいねらるべしや
良寛さんは、盆踊りが大好きだった。近くの村々から太鼓の音が響いてくると、良寛さんの心が弾んでくる。急いで五合庵を出た良寛さんは、惣平の家に立ち寄った。
「良寛さま、今夜はわたしの娘の着物を着て、踊ったらどうですかい。」
「それは良い思いつきじゃ、貸してもらおうかのう!」
面白半分で言ったはずの惣平の発案?を、大層喜んだ良寛さんは、さっそく娘の着物を着せてもらい、派手な布切れを頭にかぶって踊り場へ出かけた。
時間の経過とともに踊りは佳境に入り、良寛さんは、村人たちと共に夢中になって踊った。頬かむりして顔が見えないようでも、それが良寛さんであることは、誰が見ても直ぐにわかった。みんなはくすくす笑うが、良寛さんは一生懸命である。
そのとき、見物人の一人が、冗談で言い出した。
「この娘っ子、なかなか品(しな)の良い娘(こ)じゃ、どこの娘じゃろう。」
「ほんとだ、とっても品のよい娘じゃのう。」
そばの人たちも、面白がって、手を叩いて囃し立てた。これを聞いた良寛さんは、得意になって、いっそう張り切って踊った。すると、その恰好が余計面白いので、みんなドッと笑った。
楽しいお盆が終わって間もない或る日、托鉢の途中、庄助の家で休憩した良寛さんが、誇らしげに話した。
「この間、わしが女の着物を着て踊っていると、みんな、あれはどこの娘じゃろうと言って、ほめてくれたのじゃよ。」
嬉しそうに言う良寛さんの話を聞いていた庄助も家人たちも、馬鹿らしくなって大きな声で笑った。すると、良寛さんは、ますます得意になって話を続けるのだった。
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良寛和尚は、「純真」という言葉では表現できない言動をとりますよね。「純真」じゃなければ「馬鹿・阿呆」か?というと、まったく正反対。
村の人々の中には、心の中で「馬鹿だなぁ」と思って侮蔑の笑いをする人たちもいたかもしれません。しかし、大多数の村人たちは、良寛和尚を敬愛していたに違いありません。
私は、明磧先生の以下の解題を読み、深く感銘を受け、涙がこぼれました。
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良寛さんは、村々を歩き回る地蔵さまでした。地蔵さまは、他人ごとのような説教をしません。そして、いつも私たちの身近にあって、にこにこしながら私どものもろもろの願いを聞いてくれるのです。
永遠の命を得た地蔵さまの命は、一切衆生の命に通じています。ですから、わたしたちの喜びは地蔵さまの喜びであり、わたしたちの悲しみは、そのまま地蔵さまの悲しみでありました。
地蔵である良寛さんは、常に弱い者の見方だったのです。
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良寛和尚を地蔵菩薩と看破なさった明磧先生に敬服の念を禁じえません。
「盆踊り」に登場した言葉を辞書で読んでみました。
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ぼんおどり(‥をどり)【盆踊】
盂蘭盆の七月一三日から一六日にかけて、男女が歌や音頭に合わせてする踊り。本来は迎える精霊の慰霊と魂送りとを兼ねあわせたものといわれる。《季・秋》
しな【品・科・階】
1 (略)
2 (略)
2 (略)
3 (略)
4 人や物の品格、または品質。①(人間に関して)人品。人柄。ひん。*源氏‐若菜下「見知り顔にほのめかす、いとしなをくれたるわざになむ」②(物事の状態、性質に関して)風情。風格。品格。*無名抄「この半臂の句は、必ずしなと成りて姿を飾るものなり」
5 (略)
6 (略)
6 (略)
7 ちょっとしたしぐさやふるまい。特に、あだっぽいしぐさ、様子。媚(こび)をふくんだしぐさ、様子。姿態。嬌態。*雑俳・みきの口「そろそろと・目から品つくむすめの子」
8 (略)
9 (略)
じぞう(ヂザウ)【地蔵】
「ぢぞうぼさつ(地蔵菩薩)」の略。
じぞうぼさつ(ヂザウ‥)【地蔵菩薩】
(梵Ksitigarbhaの訳語)六道の一切衆生の苦を除き、福利を与えることを願いとする菩薩。また、特に地獄の衆生を教化し、代受苦の菩薩とされる。俗信では小児の成長を守り、もし夭折した時はその死後を救い取ると信じられた。密教では菩薩形にあらわされるが、普通には頭をまるめた僧形で、宝珠を持ち、平安中期以降は宝珠と錫杖を持つ姿が一般化し、多く石に刻まれて路傍に建てられ、民衆とのつながりが強まった。その救いや霊験、形、置かれた地名などによって、親子地蔵、腹帯地蔵、雨降地蔵、とげぬき地蔵、延命地蔵などの名がある。地蔵薩(じぞうさった)。地蔵尊。地蔵。
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追記
アマゾンの『良寛さん』(柏樹社と現代教養文庫)、『慕われる生き方 良寛さん』(中経出版)の3冊にレビューを書かせていただきました。