次の文章に登場する言葉について、辞書を引きました。
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その秋、多くの文人仲間たちによって催された、父の追善供養の法要に参列したのですが、その席で意外な話を聞かされました。それは「父以南が、桂川に身を投げたように装って、実は高野山にのがれたのだ。」というのです。
このような、父の韜晦説(とうかいせつ)を耳にした良寛さんは、一縷(いちる)の望みをつないで高野山へと向かいました。
この本と著者の植野明磧先生については、読了後に顕彰させていただこうと考えています。
上記の文章にある「韜晦説」という言葉を初めて知りました。そこで、手元の辞書を引いてみました。
まずは、いつも傍に置いて読んでいる『三国』と『現新』の2冊です。
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『三省堂国語辞典 第七版』
とうかい[×韜×晦](名・自サ) 〔文〕才能・本心・本体などを、つつみかくすこと。
『三省堂現代新国語辞典 第五版』
とうかい【▲韜▲晦】 <名・自他動サ変> 自分の才能・本心などをつつみかくすこと。
--ここまで
愛用の2冊には、当該の文章における「桂川に身を投げたように装って、実は高野山にのがれた」ことを指す「韜晦」の説明としては、類推して考えればなんとなく分かりますが、すっきりしません。
そこで、『明鏡国語辞典 第二版大型版』を引いてみました。
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とうかい【▼韜▼晦】タウクワイ 〔名・他サ変〕自分の身分・本心・才能などを目立たないようにつつみかくすこと。人の目をくらますこと。「 ─ 趣味」 ▼「韜」はつつむ、「晦」はくらます意。
--ここまで
さすがは『明鏡』です。「人の目をくらます」という説明が加わり、中型辞書の『大辞林 三版』と同等の説明で、「韜晦」を、すっかり理解できました。
また、明鏡は、難読漢字や画数の多い漢字を拡大表示していますので、非常にありがたいです。
本を読みながら辞書を引く場合、中型辞書では場所をとりますし、なにせ「重い」のです。小型辞書でも『明鏡』くらいの語釈・漢字説明はほしいと思います。
一昨日から『明鏡』に傾倒しています。
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その秋、多くの文人仲間たちによって催された、父の追善供養の法要に参列したのですが、その席で意外な話を聞かされました。それは「父以南が、桂川に身を投げたように装って、実は高野山にのがれたのだ。」というのです。
このような、父の韜晦説(とうかいせつ)を耳にした良寛さんは、一縷(いちる)の望みをつないで高野山へと向かいました。
─ 植野明磧 著『良寛さん』(柏樹社1974)P10「花びらを拾う」より ─
--ここまでこの本と著者の植野明磧先生については、読了後に顕彰させていただこうと考えています。
上記の文章にある「韜晦説」という言葉を初めて知りました。そこで、手元の辞書を引いてみました。
まずは、いつも傍に置いて読んでいる『三国』と『現新』の2冊です。
--ここから
『三省堂国語辞典 第七版』
とうかい[×韜×晦](名・自サ) 〔文〕才能・本心・本体などを、つつみかくすこと。
『三省堂現代新国語辞典 第五版』
とうかい【▲韜▲晦】 <名・自他動サ変> 自分の才能・本心などをつつみかくすこと。
--ここまで
愛用の2冊には、当該の文章における「桂川に身を投げたように装って、実は高野山にのがれた」ことを指す「韜晦」の説明としては、類推して考えればなんとなく分かりますが、すっきりしません。
そこで、『明鏡国語辞典 第二版大型版』を引いてみました。
--ここから
とうかい【▼韜▼晦】タウクワイ 〔名・他サ変〕自分の身分・本心・才能などを目立たないようにつつみかくすこと。人の目をくらますこと。「 ─ 趣味」 ▼「韜」はつつむ、「晦」はくらます意。
--ここまで
さすがは『明鏡』です。「人の目をくらます」という説明が加わり、中型辞書の『大辞林 三版』と同等の説明で、「韜晦」を、すっかり理解できました。
また、明鏡は、難読漢字や画数の多い漢字を拡大表示していますので、非常にありがたいです。
本を読みながら辞書を引く場合、中型辞書では場所をとりますし、なにせ「重い」のです。小型辞書でも『明鏡』くらいの語釈・漢字説明はほしいと思います。
一昨日から『明鏡』に傾倒しています。