めたさんのブログ『「無理題」に遊ぶ』の10月10日「辞書の比較-“煮詰まる”考」を受けて書かせていただきます。
大辞林三版の「煮詰まる」の語釈③は次のとおりでした。
--ここから
③時間が経過するばかりで、もうこれ以上新たな展開が望めない状態になる。「煮詰まった演奏」
--ここまで
以下、「煮詰まった演奏」について私見を述べます。
「時間が経過するばかりで」という記述から、「煮詰まる」③は、ネガティブ(否定的・悲観的)な意味合いを感じます。
それを受けて、「もうこれ以上新たな展開が望めない状態」というのですから、このときの演奏者自身の演奏に対する自己評価は「よくない評価」(評価すること自体が納得できない心情)だと思われます。
つまり、私の頭の中の映像として、演奏者が、その楽曲を何度も何度も繰り返して練習(演奏)しているのですが、納得できる演奏には至っていないという場面が浮かんできます。
すなわち、演奏者は音楽という藝術の「生みの苦しみ」の状態にいるのです。
これを称して「煮詰まった演奏」と言うのだと思います。
私自身、20代から30代にかけて教員をしながら、地元オーケストラのトランペット奏者をしていて、毎日のように「煮詰まった演奏」をしていました(笑)。
どなたか補足してください。よろしくお願いします。
大辞林三版の「煮詰まる」の語釈③は次のとおりでした。
--ここから
③時間が経過するばかりで、もうこれ以上新たな展開が望めない状態になる。「煮詰まった演奏」
--ここまで
以下、「煮詰まった演奏」について私見を述べます。
「時間が経過するばかりで」という記述から、「煮詰まる」③は、ネガティブ(否定的・悲観的)な意味合いを感じます。
それを受けて、「もうこれ以上新たな展開が望めない状態」というのですから、このときの演奏者自身の演奏に対する自己評価は「よくない評価」(評価すること自体が納得できない心情)だと思われます。
つまり、私の頭の中の映像として、演奏者が、その楽曲を何度も何度も繰り返して練習(演奏)しているのですが、納得できる演奏には至っていないという場面が浮かんできます。
すなわち、演奏者は音楽という藝術の「生みの苦しみ」の状態にいるのです。
これを称して「煮詰まった演奏」と言うのだと思います。
私自身、20代から30代にかけて教員をしながら、地元オーケストラのトランペット奏者をしていて、毎日のように「煮詰まった演奏」をしていました(笑)。
どなたか補足してください。よろしくお願いします。