高校2年のA君とともに勉強を始めて、今日で1年経ちました。彼は昨年の8月に集中して3回、9月からは月に1回ずつ、現代文の読解力を付けたいと言って通ってくれています。
 彼を指導するに当たり、教材を何にするか悩みました。「文章を読解するとはどういうことか」「文章読解力を磨くための方法」を具体的に指導できる教材を選ぶ必要がありました。市販の問題集を使うだけでは、「読解力を高めたい」とか「苦手な国語を克服したい」と願うA君の希望には応えられないと考えたからです。 
 あれこれと思案した末に、思い切って小林秀雄著『考えるヒント』を教材にすることに決めました。

 ご存知のとおり、小林秀雄(1902-1983)は、著名な評論家です。私が『考えるヒント』を知ったのは大学に入学したての1975(昭和50)年の4月。始まったばかりの教養部の授業で、先生が次のように話しました。
 「君たちは大変な思いをして大学入試を突破してきたのだから、相当な学力が身についているはずだ。試しにこの文庫本を読んでみなさい。小林秀雄の『考えるヒント』という評論集だ。この本を苦労なく読めて、著者の言わんとすることが理解できれば、大学で学ぶに足る学力の持ち主として認めよう。」と。
 私たち学生は、さっそく文庫本を買って読み始めました。
 ところが、通読しても、著者の考えが読み取れないのです。
 大学に合格するまで、猛烈な受験勉強をして培った「学力」はニセモノだったのかと悩みました。今思えば、このような危機感を学生に持たせることが、教養部の先生の魂胆だったに違いありません。
 結局、当時、1か月かかって、『考えるヒント』全章を理解し、その後、数か月の間に続編の評論集3冊も読破しました。
 このころ、「頭の中がスッキリ整理されて、読んだ本の内容と自分との間に“一体感”が生まれる」ことを体験しました。

 余談ですが、現在、私は文語文法や古文の勉強をしていますが、正直言って「勉強した内容と自分との間の“一体感”」は成立していません。だから「海底に沈む河童」なのです。

 昨年、高1のA君に、『考えるヒント』の最初の章「常識」を読むことを通して、私が大学時代に身に付けた文章読解のための勉強法を伝授しました。

 その勉強法とは
--ここから
1 本の必要ページを、本よりもひとまわり大きな紙にコピーする。
 (自由自在に書き込みながら読み進むため)
2 国語辞典を座右に置いて、一字一句、少しでも不明な言葉があれば辞書を引いて、コピーした紙に調べたことを書き込みながら読み進めていく。
3 各段落の最重要の文章を赤、重要な文章を青で色分けする。
4 内容を意味段落に分け、意味段落を相互に関連づける線を書き込み、意味段落ごとの要旨を、紙の余白に書く。
5 筆者の言わんとする要旨を、400字の原稿用紙にまとめる。
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 このような勉強のスタイルには、世間を騒がしている「論文等のコピペ(他の論文をコピーして貼り付け、自分の論文として仕上げてしまう)問題」は存在しません。

 A君は、上記の勉強法を学び、昨年8月に、3日間かけて小林秀雄の「常識」という評論を読解し、要旨を400字でまとめることができました。高1生の快挙でした。

 その後、A君は、上記の勉強法で『考えるヒント』に載っている「プラトンの“国家”」を数か月かけて読了しました。
 高校生には『考えるヒント』はハードルが高い評論集だと思いますが、やはり、良書は確実に読み手の読解力を高めるものだという手ごたえを感じています。月に1度の勉強会でも、確実にA君の学力向上に役立っているという実感があります。
 「プラトンの“国家”」を読了した後、先月まで、A君は私とともに外山滋比古著『思考の整理学』を読んでいました。
 そして、再び、今日から『考えるヒント』に戻り、「井伏君の“貸間あり”」を読み始めた次第です。