昨日のブログへのティーグル・モリオンさんのコメントに
> 明朝、『花子とアン』を御覧になる際は、書くものを用意して、主題歌の歌詞の書き取りを是非やってみてください。お出来になったら、無条件に尊敬しますよ。
と、ありました。
 これまでの4か月あまりは、聞き取れず、あきらめて聞き流していたのですが、今朝、7:30のBSと8:00の地上波の2つの放送を、聞き耳を立てて(この20年ほど右耳が聞こえないので片耳だけですが)メモを取りながら主題歌を書き留めました。

--ここから
これから始まるあなたの物語
ずっと長く道は続くよ
虹色の雨降り注げば
ソラ(空?)ワ(は?)タカナル
まぶしいエッ ガオーの奥に
悲しい音がする
寄り添って 今があって
こんなに モイトー シイー
手をつなげれば あたたかいこと
嫌いになればひとりになってくこと
ひとつひとつがあなたになる
虹は続くよ
風が運ぶキコウノカベ
ナミが夢のつぼみミタル
--ここまで
 赤い字は、7:30と8:00の2回聞いても意味不明でした。
 今、こうして文字に起こして改めて観ますと
「まぶしいエッ ガオーの奥に」→「まぶしい笑顔の奥に」
「こんなに モイトー シイー」→「こんなにも いとしい」
と解釈できそうですが、
「ソラ(空?)ワ(は?)タカナル」
「風が運ぶキコウノカベ」
「ナミが夢のつぼみミタル」
の3センテンスは謎のままです。
 どなたか、教えてください。
 仮に、赤字の部分が理解できたとしても、歌詞全体を通し読みしても、日本語の文章としては意味不明な感じがします。

 花子のように「想像の翼をどんなに広げて」も、この主題歌の意味が分かりません。

 この主題歌を日本語として解題してくださる方がいましたら、ぜひご指導ください。

追記1

 「涙さんという娘がありました。」の「あり」は、「昔男ありけり」の「あり」だとわかりましたので、小西甚一先生の『新装版 基本古語辞典』で「あり」の項を読みました。
--ここから
あ・り【有り・在り】(A)〔自ラ変〕①(イ)存在する。いる。《“There is a book”などというときのbe動詞に当たる》「高き-・り、いやしき-り、老いたる-り、若き-り」(徒然・七四段)・・・略・・・⑥〔補動〕(イ)《助詞「て」を伴い》上の動詞が示す動作や状態の存続していることをあらわす。《“He is married”などいうときのbe動詞に当たる》「流され人の行く方や知りて-・る」〔謡・景清〕・・・略・・・
--ここまで
 国語・英語を問わず、よい辞書というものは、基本語をていねいに解説しているものだなぁと、また、用例が豊富だなぁと、つくづく感じ入りました。
 基本古語辞典では「あり」だけで1ページ(3段)と次ページ1段8行を使って、高校生に分かりやすいように英語まで引き合いに出して、懇切丁寧に小西先生が語りかけてくれます。
 このような学生本位の辞書を一言一句、すべて小西先生が書き上げたというのですから、ただただ感動・感涙するしかありません。

 『基本古語辞典』と『古文の読解』で勉強を進めれば、通常の高校の授業の理解はできるのではないかと、胸を張って、生徒に話すことができると思いました。

追記2

 2014.7.31(木)の読売新聞「放送塔」に次のような投稿がありました。投稿者は28歳の女性でした。
--ここから
◆「花子とアン」共感できず
 NHKアサの連続テレビ小説「花子とアン」の主人公とその親友に共感できない。病床の妻がいる人を好きになり、妻の死後に後妻となる花子と、政略結婚をした夫を捨てて他の男と駆け落ちする蓮子を正当化し、美化している。このような不純なドラマをNHKで放送するのはいかがなものか。
(同様1通)
--ここまで
 ドラマの受け取り方は十人十色・百人百色だと思いました。観る人は、自分の人生に重ね合わせてドラマを評価するからです。
 私などは、史実の一部をドラマ化したものと捉えて面白く観ているだけですが、「同様1通」の背景には数百人の賛同者がいると思われますので、投稿者のように不快に思っている人たちも多いのだろうなと、考えさせられました。
 私が最近の朝ドラで、ひどく不快になって途中で観るのを止めてしまったのは「純と愛」だけでしたが・・・。