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≪石巻報告11≫キラキラだったえっこばとさきちゃんのつぶやき

お久しぶりの石巻報告です。
さきちゃんとえっこばが5日間、ボランティアに行ってきました。

火曜日昼行のバスで1日かけて帰ってくる予定を
水曜の夜行に変更し、ギリギリまで滞在を延ばしたほど
充実した時間を過ごせたようです。

木曜朝に帰ってきたえっこばと夜会えたのですが、
「すごい行けてよかった。もっと早く行ってれば良かったし
 また行きたい。色々考えさせられたよ~」
疲れているはずなのにキラキラしているえっこばを見て、
私もまた行きたくなりました。


さきちゃんは、ツイッターで報告してくれていたので紹介します。

  こんな感じで5日間の活動を終えて、 今朝帰ってきました~!
  みんなの喜んだ顔が嬉しくて行ってよかったです◎
walk9/韓国巡礼
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  だいぶ綺麗になっていましたが、海の近くはまだまだ。
  石巻市って、とても広かった。
  6月終了予定でしたが、第二期として9月まで延ばすそうです。 
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そうなんです。オンザロードの活動が、9月末までになりました。
今のところ、かんぺいさんは第2期は参加しないようですが、
ひろしが引き続き、参加する と聞いています。

は~やっぱり1週間位は連続して行きたいなぁ

≪坂井えつ子≫

≪石巻報告10のおまけ≫フォトギャラリー

坂井えつ子です。
キャンプ村と炊き出しの様子を写真に収めていたので、アップします。

キャンプ村の看板
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裏は選挙のポスター掲示板
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自分たちで建てたというティパ
(ティピとパオをたして2で割ったようなものらしい)
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皆でおむすびづくり
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かんちゃんが描いてくれたおむすび祭りの案内
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炊き出しのあと、歌を披露。
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していたら、かわいい画伯登場
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小学校から届いた応援メッセージ
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毎朝、かんぺいさんが歌う「あさ」が心地よかった
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キッチンで出逢った愉快な仲間たち
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≪石巻報告10.5≫感じたこと編 -By 坂井えつ子-

色んな想いがあって、言葉にするのが困難でしたが、
何とかまとまってきたかな。


震災後、テレビや週刊誌で見る被災地の様子は、現実とは思えない世界で、
現地に行くのが少し怖かったんです。

実際、ぺちゃんこになった車や、崩れた家、
一戸建ての2階部分が入り込んだガソリンスタンドなど
見ていてつらくなる風景もありました。

カメラを持って行きましたが、その様子をカメラに収める気にはなりませんでした。
それは報道の人がやってくれているし、また、私がやる必要もないと思います。

でも短期間だったけれど、行けて良かったし、今はキャンプ村に戻りたいと思う位です。そう思ったのは、たくさんの人に出会えたから。

石巻に暮らす方々は、私には想像も出来ないくらい、大変な想いをされているのに
きっと、恐怖とか怒りとか悲しさとか虚無感とかいろんな想いがあるだろうに、
それでも笑顔を見せてくれたし、強かに暮らしてらっしゃるんです。

震災後に感じたこと、あまりにもたくさんの想い、
抱えながら歩いていくのも辛いことだと思います。

人はそれでも生きていくものなんだと、
人の強さというものを、皆さんの姿を見て知ることができました。

そして、キャンプ村に集まったボランティアメンバーにも会えてよかった。
皆、気持ちの良い人ばっかりで夜は皆で火を囲みながらずっと笑っていました。
リピーターも多くて、仕事の休みが取れると戻ってくるメンバーも多いようです。
キャンプ村が居心地のいい場所で、また皆に会いたいと思うから、帰ってくるひとが多いのでしょう。

 
もうひとつ。行って良かったと思ったことがあります。
それは、生きているって感じがすごいしたから。

キャンプ村には、パソコンも持って行かなかったし、
新聞もラジオも周りになかったので原発のこととか、
国や東電がどうしたこうしたなんて情報は入ってきません。

朝起きて、ご飯を食べ、活動して、帰ってきてご飯を食べ、
仲間たちと語らい、そして眠り、また朝がくる。

全てがシンプルで、充実していました。
ボランティア活動と生活が直結していました。

今は経済が発展し、会社勤めしてる人が多いけれど、
一昔前は、農家だとか、酒屋さんとか、八百屋さんとかそれぞれが役割を持って、
仕事と暮らしが直結していたんだろうと想像します。
9時出勤17時上がりなんて時間で割り切ってなかったでしょう。

本来の暮らしってこういうものなのかもしれない。
生きていくって本来もっとシンプルなことなんだと感じました。

東京にいると、新聞やネットでいろんな情報が入ってきて…。
頭で考えているところが多かったように思います。

確かに、放射能は今も拡散しているし、被ばくのことを考えると心配です。
私もいつかは子どもが欲しいし、出来るなら放射能など浴びたくないです。

一方で、早かれ遅かれ“どこにいようと、何をしようと
人間死ぬ時は死ぬし、それも含めて人生だ”とも思うのです。

5年後、10年後、自分の体にも放射能の影響で、何か症状が出てくるかもしれない。
でも、それより前に事故や病気や他の災害で死ぬかもしれない。
それなら、今を生きることの方が大切なのではないか。
今を生きていくのに情報はそんなに必要ないのかもしれない。

もちろん、子どもたちや妊婦さんは守るべきです。
手元にある情報で、自衛することも大切です。

ただ、目の前にやるべきことがたくさんあって、
素敵な仲間たちと一緒に過ごす時間が持てる。

キャンプ村での活動が自分の肌に合っているのでしょう。
6月、今度は少し長めに行きたいと思っています。

ON THE ROADの活動も6月末まで。
少しでも興味のある方、一度行ってみてはどうでしょう。
きっと、行って良かったと思うハズ。

≪石巻報告10≫活動報告編 -By坂井えつ子-

石巻から帰ってきて数日経過しました。
長文になりますので、活動報告編と私が感じたこと編に分けて報告します。
今日は、活動報告編です。

5月に入ったら一度石巻に行こう。と思いつつもタイミングを逃していたら、
Walk9で韓国を一緒に歩いた須磨子さんから「一緒に行かない?」とお電話を頂きました。お互いの都合を合わせると空くのは4日間。移動を考えると現地で活動できるのは2日と、短期滞在ですが、せっかくなので行くことにしました。

「須磨子さんと一緒に行くよ」と、かんぺいさんに電話したところ、色々考えてくれて、おむすび祭りと題して、炊き出しを行いました。Walk9らしい事と考えたとき、やっぱり“おむすび”だよねという話になったのです。
(2007年のおむすび巡礼でも2009年の韓国巡礼でも、自分達で作ったおむすびがお昼ご飯でした)

1日目は、避難所で350名分の炊き出し。
料理上手な須磨子さんのもと、11名で300kgのご飯をおよそ800個のおむすびに。果てしない作業で大変かと思いきや、皆でやると楽しくやりきれました。

他のメニューは、こだわりのかつおぶしでだしを取った味噌汁におかずを3品。

普段は、味噌汁飲まないという女の子が「美味しい」と言って、おかわりしに来てくれてお母さんがとても驚いていました。

おかかのおむすびをおいしかったと言ってもらいに来てくれたおじいさんもいて私たちも嬉しくなりました。

雨が降っていたにも関わらず、近所の方も含め最終的に380名の方に来て頂きました。

2日目は、30名ほどが避難している保育園へ炊き出しに。
メニューはおむすびに豚汁。アジの開きにおかず3品。更にデザートとして白玉入りお汁粉。

「震災後初めて魚を食べた」
「家で食べるご飯みたいで美味しかった」と言って下さいました。

この日は、昨日の炊き出しとは違った交流会形式。私たちも一緒にお話をしながらご飯を食べ、食後は歌の時間。かんぺいさん&さっちゃん&大介くんのWalkメンバーに、今回知り合ったかんちゃんと辻井くんも一緒に演奏しました。最後は、皆で「ふるさと」を一緒に歌いました。
歌を聴いて、涙を流してる方もいらっしゃいました。

東北の朝晩はまだまだ冷え込みが厳しくて甘くみていた私は、泣きをみましたが、毎日充実していて、良い時間を過ごせました。

今は、キャンプ村が恋しくてはやく戻りたい位の気持ちでいます。

Walk9の仲間を頼りにNPO ON THE ROAD with FRIENDのキャンプ村に入り、活動してきました。

≪石巻報告9≫すーに の日記より

Walk9メンバーの すーに が帰ってきました。
5月11日に石巻報告をしてくれたので転載させていただきます。

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「あったかくて泣けてくる 」


^^^宮城、石巻から帰ってきた^^^


ON THE ROAD 4/29~5/6 (youtube 2分54秒)

今日で、311被災から2ヶ月


とにかく休みなく、毎日毎日、町の復興目指して

若い力がたくさん集まって

赤い彗星たちが飛び回っていた


わたしの存在は、ほんとにほんとに、微力

けれど、微力が大きな輪になって、そこには平なる和があった


まだまだ、現地には人手が足りていない

町の復興には長期的な視野で考えていかんくてはならないと思う

正直、途方にくれてしまうんだ

町には、横転している車、瓦礫の山、路に溜まっている物やゴミ、、、

そして、人々の癒し

もしも、もし、現地に行こうか迷っている人がいるのなら、短期間でもいいから是非行ってもらえたらと思う。

あなたのその小さいかもしれない力が大きな役割を果たす


私は想像する

どれだけ地震が、津波が、恐ろしかったか

私は想像する

どれだけの命が傷ついたか

きっと私の想像を遥か超えるものだろう

私は創造する

新しい世界が作られていくことを


思ったことがある

多くの命が傷ついたこの土地には、今、世界中からたくさんの愛が注がれている

この愛が巡り巡って、循環していくだろう


多くを失った彼らの立場に立って物事を考えることは難しい

自分達のことで精一杯のはずなのに

それでも、人々の心は、温かい

温かすぎて、どうしようもなくなる

人と人の間にいるのが人間なのだと、改めて感じた


わたしたちは、本当に恵まれている

帰る場所がある

あったかいご飯を食べられる

お風呂に入れる

仕事がある

望むことは大抵できるだろう

足るヲ知れ


かれらは言ったよ

避難所で、何をするわけでもないのに、食べるものにも困らず、生活できることを有難いと思うと。

プライベートが一切無い環境

もう2ヶ月も経ったんだよ

疲れたよね

愚痴もこぼしたいよね

笑って跳ね飛ばすしか無いよね


わたしはね、

あなたがいることが嬉しくて

あなたの笑顔が嬉しくて

あなたのおはようが嬉しくて


私たちボランティアが支援しているはずなのに、いつのまにか支援してもらっている。

頑張ってって、

ありがとうって、


わたしはあなたたちに頑張ってとは言わないよ

もう十分頑張っているんだから、これ以上頑張らないで

その分、私たちが頑張るよ


ありがとう、ありがとう、ありがとう


それぞれが、今、できることを

そして、未来へ



love*thank*smile

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「足るを知る」コトバでは分かっているつもりでも
実感として分かるってまた違うことだと思うのです。

すーに
ボランティア活動ありがとう。
ボランティア報告もありがとう。
無事帰ってきてくれてありがとう。
しばしゆっくり休んでくださいね☆

いつも見守ってくだっている皆さまもありがとうございます。

坂井えつ子