表現の楽しさを伝える教室を創って
おかげさまで 20年。
イマジネーションダンスワークス と
むなかたミュージカルメイツを主宰している
本松ゆか です。
健やかな心と体をつくるお手伝いと
表現の楽しさを伝えることに勝手に励んでいます。
4041日続けたブログ
https://blog.goo.ne.jp/yuka-happy-dance
より、2020年 5月25日、
引っ越してまいりました。
************
今日は昨日の記事
父を探す旅 の 後編です。
叔父が父の故郷にいることを知り
父の消息を訪ねに
「父の故郷、鹿児島へ向かう」
ところからです。
旅のはじまり~![]()
まず
最初の二日間はお勉強です。
鹿屋大学で
コーディネーショントレーニングをみっちり朝から夕方まで受講しました。
今もその学びはレッスンなどにものすごい役立っています。
そんでもって
なんと温泉まで堪能いたしましたの。
うちは十年くらい
財宝温泉水を毎月定期購入して
飲んでいて、プラチナ会員なんですが
その財宝温泉が鹿屋にあって、
超格安料金で泊まれたのね。![]()
おいしい食事もついています。
おいしいもん食べて
温泉入って
なんか、申し訳ないような気にもなりましたが
なんか、すべてが父のところへ続く
伏線となってる気がしましたよ。![]()
わたしが勉強している間、
ダーリンは観光ね。
桜島や宇宙科学研究所やらあっちこっち行って、
おいしいもん食べて
楽しく過ごしていたようです。
そしていよいよ
3日目、父の故郷へ!
鹿屋から車を走らせていると・・・
(運転しているのは主人ですが)
お店などはすっかり変わっているんですが
何となく見える遠方の桜島や湾などの景色の雰囲気など、なつかしいのね。
考えてみると
中学1年生の父と暮らしている1年の間に
2回か3回、鹿児島へ行っているんですね。
その頃は東京に住んでいて
鹿児島空港を出て
ぐるーーーっと桜島を回って
父の故郷へ車で向かっていたんです。
あの頃がよみがえってきて
不思議な気持ちに。
ドキドキしながら
ズンズン
ズンズン
車で進みました。
ズンズン
ズンズン
近そうなところまでたどり着きましたが
迷って あちこち右往左往しました。
なにせ
住所はわからず
町名すらうろ覚え
頼りになるのは遊んでいた川の景色だけ。
その川は道路からかなり奥まったところにあった記憶が。
ポツンと一軒家みたいなデコボコ道ね。
とりあえず
川に向かっていきました。
そのうち
なんとなくこの辺じゃあるまいか。
というところが出てきて
車を降りて川の景色を見ると・・・
ありました!
わたしが遊んでいた川が!!
変わっていません!
川で遊んでいる私やいとこたち
川でシャンプーすると気持ちいいと
シャンプーしていた父の姿が見えるようでした。
父の生家も近くの奥まったところにあるはず・・・
ありました!
キレイになっているけど
ありました!
表札は
父の苗字です!
珍しい苗字で
親戚くらいしかいない苗字なんです。
いよいよです。
めちゃ ドキドキです。
思い切って
ものすごい思い切って
ピンポーン!
しました。
ドキドキドキ・・・
………!
あ~誰も出てきません。
お留守だったんです。
ちょっとくじけて
このまま帰ろうか?
という思いがよぎりましたが
砂利道の上の方に確か親戚が住んでいたことを思い出し
そちらの方にとりあえず行ってみることにしました。
家があって
表札を見ると同じ名字です!
また勇気を出して
ピンポーン
ハーイ!
キャーーー!
人が出てきてくれました!
でも
不審な顔でわたしたちを見ています。![]()
がんばれ! ゆか!
「あの・・・えと・・・すみません、町会議員の・・・〇〇〇〇を訪ねてきたんですが」
不審なお顔は更にグレードアップです。![]()
![]()
「ここじゃないよ。」
「あの・・・下のお家でしょうか・・・」
「・・・・・・・・・そうだよ。」
「すみません。ありがとうございました!」
逃げるように玄関を出ましたよ。
ドキドキして、逆上して
何と言っていいかわからなくなり、
不審な人となってしまいましたが、
さっきの家が叔父の家だということがわかりました。
でも、留守なんです。
再度行ってみましたが
やはりお留守です・・・
どうしようか・・・
途方に暮れてしまいました。
ふと気づくと
車を止めていた隣で
農作業をしていた男の人が
わたしたちを
にらみつけています。![]()
わたしたちを邪魔だし、胡散臭く思ったのでしょう、
ものすごい怖い顔です。


怖い顔でにらまれてるし
もう帰ろうかと思ったその途端
あの怖いお顔は
なんか見覚えがある!!!!
叔父だ!!![]()
そう!
叔父はかなり怖い顔だったことを思い出しました。![]()
面影があります!
怖いけど
行くしかない!![]()
勇気をふりしぼって
行きましたよ。
「あのう、○○〇さんですか?」
「はあ?なんね?」
びえ~![]()
![]()
「あの、わたし、ゆかです。ゆか。○○の娘のゆかです。〇〇おじちゃんですよね?父のことを訪ねてきました。」
「・・・・!!!ゆか・・・ゆか・・・? ゆかか?!」
「はい。ゆかです。」
近くにいた叔母も走ってきてくれて
めでたく感動の再会を果たしました。![]()
![]()
![]()
ちょっとドラマチックな展開ね。
わたしたちは福岡へ帰らなければならず
長くはいられませんでしたが
話を聞かせてくれました。
父は・・・その3年前に天国へ行っていました。
とても悲しかったですが
亡くなった時の様子を教えてもらって
父とご先祖様が眠っているお墓に案内してもらって
お仏壇にも手を合わさせていただけました。
父と心の中でいっぱいお話しして
おじいちゃんやおばあちゃんにもごめんねとありがとうをしました。
帰りに
叔父と叔母からはよく来たねとおこずかいを握らされ
(辞退したのですが、どうしてもと言ってくれて)
家路へ向かいました。
生きているうちに父と会えなかったのは
悲しかったですが
きっと許してくれていると
感じています。
今は毎朝
父と母とご先祖様に感謝の心をお伝えしています。
高校生の時…
本棚で
父のノートを見つけました。
善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。
しかるを世 のひとつねにいはく、悪人なほ往生す、
いかにいはんや善人をや。
いわんや悪人をや。
と書いてありました。
親鸞の歎異抄の一文だとあとで知りました。
また、自分の出版会社の名前を考えていたのでしょう。
「日本列島」など、日本を入れた言葉がいくつも書いてありました。
父は
なんのために生まれ
なんのために生きているのかそんなことを追究していたんです。
よりよき日本のことを考え、希望にあふれ
出版社を立ち上げたんです。
夢と希望にあふれていた父。
きっとつらい時があって
お酒で紛らわしたり
ピリピリしたりしたことがあったんだと
今はわかります。
父の志を受け継いでいると今、強く感じています。
わたしのできることは小さいし
形や表現の仕方は違うけど
わたしは・・・
ダンスや表現で元気になる人を応援したい
体と心はつながっているから
いい体づくりを伝えたいし
心を癒すお手伝いをしたい
人を癒すような物語を書きたい…
沢山の人の元気を応援したい・・・
不器用ながら
そんな想いに溢れています。
心してバトンを次につなげたいです。
おとうさん
おかあさん
心から ありがとう!!!
何か
ドラマティックな感じの話しに一見みえるかもですが
わたしだけが特別辛いことがあったわけではない…
ということを最近知りました。
今までは
自分だけ特別苦労したと
ちょっと思っていました。
だけど、イメージワークを勉強してわかりました。
心に傷を負っていない人なんていません。
受けた傷に大きい小さいなんてない。
誰もが何かしらの傷を負い
みんなそれを抱えて一生懸命生きている・・・
わたしたちはつながっている。
わたしたちはこの時代を生きる同志だ・・・
最近そう思えてなりません。
一方
親のバトンと言っても
お父さんがどんな人かわからない人
お母さんがどんな人かわからない人も
この世にはいるかもしれません。
でも
大丈夫!
私たちも先祖をたどればみな一緒!
わたしたちのご先祖さまは一億人!
その最高傑作がわたしたち!
なんです!
一億のご先祖様がわたしたちを応援してくれているんです!
そう思うと勇気が湧いてきませんか?
これから世界は変わるかもしれない。
でも大丈夫!
沢山のありがとうの気持ちと
勇気をもって
一緒にこの時代を生きて
次の時代にバトンをつなぎましょう。
一億人のご先祖さまが応援してくれてます!
最後までおつきあいくださった皆さま
ありがとうございました!
一緒に旅してくれたダーリンありがとう。
今日は週末…
小さな幸せたくさん見つけて
ステキな一日をお過ごし下さいまし。
わたしは今日はこれから
ミュージカルとダンスの練習です。
はりきって いってきます!![]()















お問合せは
本松ゆか Yuka Motomatsuの公式ラインアカウント
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
MAIL yuka2garacias@yahoo.co.jp
までどうぞ!
