闇じゃなくて、くらやみ | 森の時計

森の時計

深緑の森からちいさなできごとを。。。

本音の深掘り作業の中で

 

「いま、その薄闇の中に
もし小さな灯りをひとつだけ置けるとしたら
どんな色の光がいいですか?」
という質問に対して

「光は要らないです。」

と答えていました。

 

「闇」と付くとネガティブに聞こえるけど

あたしがイメージしていたのは

この「くらやみ」。

著者の河田桟さんが、疝痛に苦しむ愛馬カディに

寄り添うために夜の森に通い

共に過ごす時間。

与那国島の森の中。

手元のライトを消すと

 

「光が無くなり、見えていたものが

見えなくなった。自分の体も見えなくなった。

まるで自分という存在の

輪郭が消えてしまったようだった。」

 

カディや顔見知りの馬たちが

くつろいでいる気配が感じられるから

河田さん自身もくつろいでいられる。

馬たちが

「ただここにいる、ということを認めてくれる」

くらやみの中で

 

「自分が、ヒトという種ではなく、

輪郭のあいまいな生きものとして

この空間にいることを許されている気がした。

私はくらやみの中で粒子となって拡散し、

馬たちの世界に混じりこんだような

心持ちになっていた。」

 

あぁ…何度読んでもココロに染みわたる。

 

あたしが瞑想中に辿り着く場所は

夜だったり宇宙空間だったりと

もれなく薄暗くて、だけどそこは

とても落ち着く場所で

ずっと光に辿り着けない自分を卑下していたけど

本音の深掘りの中で

「光は要らない」

と即答していて、あたしはそれで良いんだと

フワッと、ストンと着地したのです。

 

夜の森の中で

 

「私の心身は、光あふれる世界より

くらやみになじむと知った。」

 

そう語る河田さんのように

あたしも「自分が一番なじむ場所」を

もう否定しなくて良いんだと。

 

そもそもあたしが辿り着くそこは

真っ暗闇ではなく薄っすらと周りが見える場所で

ということは光は有るわけで

「光量」の問題なわけで。

 

あたしにとって丁度良い量の光の中で

透明感のある薄闇の中で

共に過ごすものたちの気配を感じながら

あたしはあたしのままで居れば良い。

 

ようやくここまで辿り着いて

とてもココロが軽くなりました。

さて、ここからどこに向かうのでしょう?

 

 

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