実家のいらない物整理を午前中にするのが
ここのところの日課。
もう誰も住んでいない家をイタリアからの帰国時に毎年使っているので、
中にある物たちも、使うものだけ残して、処分していく必要がある。
少し寂しい思いもするけれど、
決断していかないと、後に残された子どもたちがきっと手こずるだろう。
とは言っても、ゆっくりゆっくり、できる範囲で、
昨年の帰省から、毎日ゴミ袋、一袋分を捨てて行くペースなので、
偉そうなことは言えません。
が、それでも毎日無理なく実行しているので、
それほど苦にもならず、気づいた時には
かなりスッキリしている。
これ、精神衛生上とても良いです。
質の良い物を捨ててしまうのはもったいなくても、
あとに使う人がいないとなれば、
取っておいても仕方がない。
これぞというものは活かしてもらえる方に声をかけて、
あとは自分の判断で捨てて行く。
野坂昭如氏ら文学者と交流のあった父の残した文章などは、
もしかして、百年後に何かの役に立つかも?などという気持ちもよぎり、
思い切って、捨てることもできず、
やはり残しておく。
手紙類はごめんなさいの思いと共に捨てて行く。
私がイタリア留学時に両親に出していた手紙や葉書も、
母が後生大事に取っておいたようで、
何通も出て来た。
がこれらは問答無用でゴミ袋へ。
読み返していては、整理している時間がどんどん過ぎていき、
何をしていたか分からなくなる。
そんな中、留学時の彫金学校での懐かしい写真や、
ローマにある裏千家で野尻先生という師匠に、お茶のお稽古をつけてもらっている時の写真などを
同封して父に送った手紙を見つけた。
なんとなく、それだけは後で読み返してみようと、
横に置いておいた。
それから二、三日経ってその手紙を読んでみた。
二十年以上前の自分の手紙には、
父が送ってくれた出版まもない「蓮華」という詩歌集を、
大切に読んでいる様子が書かれていた。
留学時、持って行った本は谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」一冊。
同じ本を幾度となく読む。
それ以外は美しい母国語に触れる機会が少なかったあの頃、
詩歌集を、一日の全てを終えた夜のひと時に開くのが、一日の楽しみであると
書いている。
当時は学校とアルバイトを終えてシェアハウスに戻り、
食事後、自室に戻ってからの時間が唯一の静寂のひとときだったよう。
この父の詩歌集は、
後年、父が病院の高次治療室にいる時に、意識の底に届くことを願いつつ、
母と二人で交互に読み聞かせ、
そして、やはり母が今際の際を彷徨っている時に、枕元で読み続けたものだ。
自分が異国の地から、父に宛てて書いた手紙を読み、
今は失ってしまった研ぎ澄まされた感受性やら
野心やプライドやらが
散りばめられた文章は、
眩しかった。
若いって
こういうことなのだ。
そして今、親の立場になっている私が、
これを受け取ったとしたら?
と自問する。
やはり応援したいし、期待もかけたくなるに違いない。
海のものとも山のものとも分からない
得体の知れないわが子というものに、
親はやはり期待してしまうのだ。
それに応えようと子も頑張る。
今、親としての立場に立つ私は、
過大な期待だけはしないようにと
心に刻み込む。
彼女たちにも、父や母から受け継いだものが、きっと脈々といきづいているのだろう。
親として願うのは、ただ一つ。
自由に、柔らかく、自分の好きな道を歩んでいってくれることだけである。
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