日本の皆様
おはようございます。
ニコールがフィレンツェから遊びに来て、早3日目。
なんだか、いるのが普通の感じになって来た。
毎年のことなので、お昼はプリモピアット、大体パスタ一品で、夜お肉か魚料理が加わるぐらいで、
特別なご招待料理ではなく、いつもみんなで食べているメニュー。
主人がまた、夕日を見ながらのパニーノ、おにぎりを提案し、
この日は先日よりも早く到着する。
若者グループが大音量でイタリア歌謡曲をかけている。
輪になってサッカーをしている子たちか、カードゲームに興じている子たちか分からなかったが、
サッカー軍団が帰って行っても音楽は、消えなかったので、後ろの若者たちだと認識する。
周囲に配慮する感覚が、この国にはない。まるでわが家である。
これは映画館でも思うこと。
まるで家のカウチに座ってテレビを見ているかのように感想を言い合う人々を、かなりの確率で目にする。
映画館では、もちろん
「シーッ」
と言って注意すれば良い。
さて海辺では?
主人が何か言いたげだったので、
「放っておこうよ。」
と私。
イタリア人たちは気がいいので、注意されてもそこから言い合いになることはないと思う。
が、
これを書きつつ、いやいや!
と思い出した。
道路ではそうではない。
交通ルールに関しては、お互いが譲らない。
完全お前のせいだ!
という言い合いを幾度も目にして来た。
馬鹿げた論争で渋滞になっていても、引き下がらない。
馬鹿なのか阿呆なのか、どうにかしてほしい!
と思うことが多々あり。
こういうことを口にすると、子供達が鼻白らむので、極力口を慎んではいるけれど。
日本人が、周りを気にしすぎなのと、正反対で、
本当に羨ましいほどわが道を行く人が多い。
ラテンの遺伝子がそうなのだろう。
道路の鳩までが時々そう見えてくる。
フィレンツェの狭い道で、どうして轢き殺されるのだろうか?
と思うが、
あそこまで堂々と、ゆったりと車道から退かずにいれば、仕方がなかろう。
住む場所が違えば、鳩までラテン気質になるのかもしれない。
私自身かなりイタリア人化しているから、あまり馬鹿にするのもよろしくない。
楽しく、人生を謳歌するという点では、
是非とも見習いたい。
夕方の海辺に繰り出し、ニコールと次女は、ひと泳ぎ。
くれなずんだ海をパシャパシャと気持ち良さそうに戯れあいながら泳いで行く。
二人とも河童なので、足がつかない海でもへいちゃら。
そして、波も少ないので、流されることもない。
パニーノを食べながら、一応主人が監視の目を光らせている。
本日のおにぎりは、ふりかけが終わってしまい、お茶漬けの素しか手元になかったが、そちらをふりかけの代わりに使用する。
ふりかけの時よりも好評だったのが興味深い。
こうして、今日もイタリア海辺の暮らしは、筒がなく過ぎて行く。
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