ニコールが海の家から帰る日の午後は、ずっと雨が降りっぱなし。
でも次女とニコールはいたってご機嫌さん。
ご機嫌さんがいるのは嬉しいことである。
なぜなら、ご機嫌も不機嫌も伝播するから。
いやいやもしかすると私がご機嫌さんだったから、彼女たちにも伝播したのだろうか?
この日からテニスのUSオープンが始まるのに、ワクワクしていた。
昼食後の読書も、
昨晩の嵐と、この日の雨模様にマッチしたような本に変わる。
今回の海辺の暮らしに持って来た日本語書籍は、
と、
今年の帰国時に、日本から持って来た。
村上春樹の新刊、
も、かなり心惹かれたが、新刊本は分厚すぎて、空港の書店で買って手荷物に入れようかと思ったが、重量オーバーになることも危惧され、文庫が出るのを待つことにした。
話は逸れたが、原田マハの絵画や芸術家を題材にした本は、さくっと読めてそして私の興味を刺激してくれるので、いつもチェックしているのだが、今回の俵屋宗達は、買っておいた本と、
京都で行った場所とが、意図せずして合致して、
なんだか得した気分になる。
大阪でのジュエリーイベントの後の最終日姪っ子ご夫婦と行った先、建仁寺にこの絵があった。(レプリカで、本物は京都博物館所蔵。)
この時の記事はこちら。
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次女がは、帰国時に日本の小学校にお世話になるのだが、
歴史の登場人物の中で好きなのが、
織田信長や豊臣秀吉などの戦国武将たち。
なぜだか、明智光秀が好き。
図書館で借りたマンガ歴史本に没頭していた。
風神雷神図屏風も建仁寺で見たわけだし、
この作者と言われる俵屋宗達の名前もうっすらとは記憶しているだろう。
海辺アペリチェーナをしている時に、
この本の内容についてチラリと主人に話した。
なぜならば、宗達の風神雷神図から、カラヴァッジョの名前、バロック絵画についてもこの小説には登場するから。
小説はあくまでも小説なので、
フィクションを本当だと思い込んでしまっては、問題だが、こういうフィクションから読者の興味の幅が、どんどんと広がっていくことは、素晴らしいと思う。
私も、驚きいっぱいで読み進めている最中であり、美術館から遠ざかっていたのが、妙に恋しくなって来た。
そして、聞き耳を立てていたわけではないだろうが、ニコールとおしゃべりに興じていた次女が、
信長という言葉に、反応したので、
京都に行って見たあの絵の作者は、信長の頃の人でね、それが今読んでいる小説に出てくるの。あの絵、一緒に見たから、いつかこの本が読んだら、きっと面白いと思う。」
と説明する。
漫画から小説に矛先が向かうためには、日本と、日本語オタクになるしかないだろうから、きっと、この本を読むレベルになるのは難しいかもしれないが、
子供の頃に見る機会、学ぶ機会があったものが、小さな小さな鉛筆でポツンと打ったような点であったとしても、
遠い未来にはうっすらとした線として浮かび上がることもあるかもしれない。
そんな日が来れば、親として最高に喜ばしいことだと思う。
読書の快楽は、そこから知的好奇心がくすぐられ、
そこに出てくるその他の書籍、人物、絵画や音楽について、
またどんどんと知りたくなっていくこと。
一冊読んでみて気に入った作家が出てくると、その人の著作を網羅したくもなる。
もちろん、一冊だけで、なんかちょっと違うな
と思って、そこから読み漁るのをやめる作家もある。
学校での成績にはなんら関係のない好奇心がもたらしただけの知識も、点と点がつながって線となった時、
幸福感が増長する。
私の場合、きちんと勉強したことのない美術史や西洋、そして東洋美術。オペラや音楽の世界も然り。
実際に見聞きして、そして書物で触れて、それらは一層身近に、輪郭があらわになっていく。
その輪郭は、人それぞれに違うものであり、
それで良いと思う。
携帯電話から離れない日々を送るわれわれは、子供たちに、
本を読むことの喜びを伝えたいと思って見ても、まずは自分が携帯を遠ざけないと説得力に欠ける。
そして携帯がなかった頃は、やっぱり本を開いている時間が長かったことにはたと気づく。
読書も娯楽と言えるのに、
今では、
高尚な娯楽だと勘違いしてしまっている。
読書も、漫画も、ゲームも、映画も、スポーツも音楽も
みんな娯楽。
無くても生きていけるが、あれば人生も深くなる。
没頭して、感動して、
自分の中に、たくさんの点を打って行きたいものである。
今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました♪
VersiColori
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