海辺の暮らし最終日の朝、主人とテニスの試合形式をしていた。
長女だけ数日残る予定で、こちらに残し、夕方フィレンツェに向かう予定だった。
主人は週末のダンテ講演のため、
そして私はたくさんのオーダー品製作のために。
ゲームカウント4-4で主人のサーブ。
主人がネットに詰めたところをパッシング、
決まった!
と思ったら、苦渋の表情が広がった。
あ、やったな。
とすぐに状況が飲み込めた。
腰である。
主人は椎間板ヘルニア持ちなので、テニスをする時も気をつけなければならない。
今回の海辺の暮らしでは、毎日つきあってくれていたので、かなり調子が良かったのだが…
主人曰く、テニスが原因ではなく、前日に次女をプールでジャンプさせていたのが最大の理由のようだ。
かなり大きくなった次女を、
まだまだ小さいままでいてほしいと思っている主人。
背も体重も成長した次女を投げるのは、確かに重労働。
久しぶりに過ごす家族との時間に溺れすぎた末路がヘルニア悪化であった。
問題は、日曜日に控えているダンテ講演。
これ以上悪化すると、立って講演ができないかもしれない。
とりあえず動かないことが必須の腰痛対策ではあるが、夜にはフィレンツェのサンマルコ美術館でのコンサートを見に行くことになっていた。
私は正直なところ、そのまま家のベッドで安静にしていた方が得策だと感じていたのだが、
「見に行っても、行かなくても、明日良くなってないならば、行かなかった方を後悔するだろう。」
と主人は、変に自分を納得させて、
結局見に行くことになる。
夜のサンマルコ美術館は、なんとも神秘的で、昼間とは別空間のようだった。
フラ アンジェリコの受胎告知も拝めて、
やっぱり、
来ないという選択肢はなかったと
感じる。
そしてコンサートはと言うと、
驚きのクオリティで度肝を抜かれた。
男性声楽のアカペラのコンサートだと聞いていたのだが、カウンターテナー、テリー ウェイの歌声が、女性の高音とは異なるなんともまあ柔らかな声で、ハーモニーを奏でていた。
聴きながら映画のカストラートを思い出していた私。
細胞に歌声がしみ込んでいくような
身体中が感電したような
感覚が広がる。
コロナ、コロナで美術館もコンサートも以前に比べて、足が遠のいていたから、一層の感動が押し寄せる。
人間には美が、そして感動が必要である。
心が平坦になることこそ、悲しいことはない。
主人も腰痛が吹っ飛んだほどに、彼らの歌声に目を輝かせていた。
文学も
美術も
そして音楽も
人間を回復させる力がある。
素晴らしいものとの時間は、体の不調を吹き飛ばす。
人生が行き詰まり、心が病んでいる時なども、西洋医学の薬以上に効果を発揮することもある。
人間の持つ感受性を刺激する、芸術家たちの仕事というものに、今日もまた射たれた私であった。
主人も私も、畑は違うがそういう良い仕事を目指していきたい。
美しい歌声を聴きながら、彼も思っていたのではないだろうか?
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