イタリアでもコビー ブライアントの死の悲しみがいっぱい | 人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

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フィレンツェ在住26年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

コビー ブライアントの訃報を聞いて、誰よりも落ち込んだのは、

主人だった。




主人は少年時代にバスケットに親しみ、今でもリラックスタイムに見るのはNBAだった。

私がテニスの試合観戦を楽しみにしているように、彼は疲れた頭を、バスケットのスーパースターたちのプレイで癒す。



今日の仕事の最中、職場で流れているローカルラジオcontro radio には追悼のコメントがいっぱいだった。

コビー ブライアントのお父さんが、イタリア、トスカーナのピストイアのチームにいた頃、幼いコビーは、父親のプレイの合間に、遊んでいる事があり

その才能は素晴らしかったと言う。

主人もその様子を見ていた。

「コビーは年齢的に小さかったから、ちゃんとした試合ではなかったけれど、年上の選手たちの中で、一際目立ってた。

果物カゴのような髪型だった。」

と主人。



コビーの訃報を知る少し前、われわれは「フリーダ カーロ」の映画をDVDで観ていた。



フリーダはメキシコの画家であり、彼女の旦那のディエゴは、更に有名な画家だった。

映画は思春期のフリーダが大の大人ディエゴの絵画製作を見に行くシーンから始まる。

その後そのディエゴの妻となり、

そして彼よりも早くこの世を去る。

その様子を見ていて、

「どうしてフリーダの方が小さいのに、先に死ぬの?」

と次女。

「先に生まれた方が、先に死ぬとは限らないんだよ。兄弟で、弟の方が先に死ぬこともあるんだよ。それが人生の切ないところ。」
と説明した。


その矢先に、コビーの訃報を知り、

一寸先は闇、ではないけれど、

いつ何時、死が訪れるか分からないことを、
ガツンと一喝、
教えられた気がした。

と同時に、結局の所、決まっている自分の死の瞬間は、
やはり変えられないものなのかもしれない!
とも感じる。


いずれにせよ、その死の瞬間は、

いつなのか、分からないのであるから、

この今という瞬間に、家族や友人知人と戯れていることを

存分に味わって生きたいものだ。



テニスのオーストリアオープンで、
キリウスが対ナダル戦に、コビーの顔がついたシャツを着て、プレイしたという。


「キリウスよりも、モンフィスの方がバスケット選手っぽいから、彼の方が着てプレイしたかったかもね!」
とモンフィス好きの主人に向かって言うと、
(二人とも黒人のテニスプレーヤー)


「コビーのTシャツ着て、ダンテ講演しようかな。」
と主人がポツリ。

主人の心の中の穴が塞がるのは、
しばらく時間を要するようだ。


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今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
 
 
 
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