大雑把なイタリアで救われることもある〜〜日本だと小っ恥ずかしい話 | 人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

フィレンツェ在住26年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

イタリア人は人情味に溢れている。

先週、いつものメルカート(市場)で買い物をする。

八百屋の屋台で主な野菜を買い、中国人のおばさんのところで、大根と白菜を買い
最後に果物だけ売っている屋台に顔を出した。

最後の屋台まで、全て小銭入れの小銭で足りていたので、お札入れをチェックせず、
みかんやら梨やらバナナやら、どんどん入れてもらって
支払いの時にお札入れを見て愕然とした。

入れて来たと思っていたお札がない。

バタバタ、バタバタしているのでこういうこともやらかす。

お札、入れ忘れて来たから
それじゃあ、買いません。

というふうになるのかというと、

そうじゃあない。


「そういうこともあるよ。次の買い物の時でいいよ。」

とそのまま商品を渡してくれる。

こういうことは小売店では結構多い。


「端数の小銭を持ってたら出して」
とお店側に言われ、
無い場合、端数の小銭は切り下げられた価格になる。

或いは、€50札とかしかなくてパン屋でパン一個だけ買うときなど、
「お釣りがないから、今度でいいよ。」
となる。

大雑把といえば大雑把。


でも上の八百屋さんの例にあるように、

イタリア人たちって
信用するというラインから、人を見ている気がする。

だから、おじいちゃんなんかが公園で知らない子にスキャッチャータ(パン)をあげようとして

お母さんに、あげてもいいかと聞いたりしても

日本みたいに変な人扱いなどしない。


人間味あふれた生活がそこにはある。

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外に出れば、七人の敵がいる

よりも
外に出れば、楽しい出会いに溢れている

という感じ。


今日はイタリア人の魅力的なところに焦点を当ててみました。

どこの国に生きていようと
いつも光を見出して過ごしていきたいものです。

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ミロ ペンダント 925シルバー

それでは、皆さん今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました



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