目指すは大きく〜彫金学校後の私の動き⭐︎ | 人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

フィレンツェ在住26年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

こんにちは。
フィレンツェ物作り物語のKaorukoです。

以前、彫金学校時代は劣等生だと書きました。
そちらの記事は


その私も、イタリアに留まるためには、
滞在許可証の更新あるいはヴィザ書きかえの為に
はたまた、生活のために、何らかの職を探さねばなりませんでした。

どいういうかたちでたどり着いたかは、今となっては詳しく覚えていませんが、

最初に、旅行関係のオフィスで、産休中の日本人スタッフの方の代わりの事務の仕事をお手伝いすることになりました。

トスカーナの色々な場所にも行け、通訳の仕事も体験でき、
彫金の仕事とは反対の、外に広がっていく仕事の経験は、
自分自身の可能性を広げてくれる予感がしました。


上のバイトをしながらも、
できれば彫金の分野での仕事を見つけたい!
と、
履歴書を持って、工房やらジュエリー店やら
片っ端からまわりました。

フィレンツェだけではなく、アレッツォの工場を併設しているような大きな所にも電話をかけてアポを取って赴きました。

今から考えると
空恐ろしいバイタリティーでした。


彫金学校に怠けながら、二年いただけなので、

何にも大してできない

にも関わらず、怖いもの知らずにどんどん進む。


まずは見習いで入ることが目的で、

それは、学校にお金を払って行かなくても、職場で彫金技術が身につくということ。


そんな甘い考えでしたので、あとでしっかりつけを払わされることになります
が、


この時点では、セルフイメージはかなり高く設定されていたようで、

破竹の勢いでした


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さて工房などが、にっちもさっちも行かない
となると、
今度は店員職も探し始めました。

トルナボーニ通りというグッチ、プラダ、フェラガモが並ぶブランド街から、就活開始〜


コネなしツテなし一匹狼のくせに、
グッチやディオールに履歴書を持って行く。

英語も大してできませんので、かなりのはったりですね。

履歴書を持って行って、その場で上の人と話せるかというと

まずそれはない。

大体が店員さんに渡しておく感じでしたが、


時々チーフみたいな方が出てこられ、
今は募集していないとか、
あれば声かけるね
など教えてもらえたこともある。


一見、無駄骨のような動きだが、
意外や意外、ここからまた別のつながりが生まれたのでした。


エミリオ プッチ好きだった私は、もちろんプッチにも行きました。

残念ながら募集なしでしたが、
「そこのセレクトショップが人を探していた!」
と別の店員さんが教えてくれて、そのお店にも履歴書を持ち込む。


グッチの方からは、
「ポメラートがオープンするから、募集あるよ!」と電話がかかってきたり、

と、その後色々なお話が飛び込んできました。

やはり、どこで何がつながるか分からない!

家でうじうじ考えているだけでは得られないものを
闇雲に動くことで、手に入れることができたようです。

ところでなぜ、有名ブランドから就活を始めたかというと、

やはり本場の素敵なものに携わりたい!と思ったから〜

英語もイタリア語もあまりできないから、
とりあえずこじんまりした所からスタート!
ではなく、

レベル高いところからスタート!
だったわけです…

ダメだったなら、そこでレベル落として行けば良いわけですから。



当時の私は心のどこかで

「私は大丈夫、なんとかなる!」
と感じ

また彫金に関しても
「私の作るものは面白い〜」

という下手くそなくせに自意識過剰な自分がいた
と分析します。

実は、けっこう高いセルフイメージ持っていたわけです。

そして、この就活、そのあとどうなったか?は、また次回ということで〜


今日も最後まで、読んで下さりありがとうございました


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