1994/5/4 西武球場 30000人
(日本ハム3️⃣勝2️⃣敗)
F0️⃣0️⃣0️⃣0️⃣0️⃣3️⃣0️⃣4️⃣0️⃣ 7️⃣ 8️⃣ 0️⃣
L0️⃣3️⃣0️⃣0️⃣2️⃣0️⃣0️⃣0️⃣0️⃣ 5️⃣ 10 0️⃣
勝利投手:金石1️⃣勝3️⃣S
敗戦投手:新谷1️⃣勝1️⃣敗1️⃣S
投手
(日本ハム)白井康勝-河野-松浦-芝草-酒井-金石
(西武)渡辺久信-杉山-新谷
HR
(日本ハム)シュー④(3ラン)大島①(満塁)
(西武)清原③ブリューワー③
日本ハム
6️⃣広瀬
7️⃣高木
9️⃣田中幸雄
🈯️ウィンタース
3️⃣シュー
5️⃣小川
2️⃣田村
8️⃣大貝
4️⃣白井一幸
🅿️白井康勝
西武
4️⃣辻
9️⃣吉竹
8️⃣佐々木
3️⃣清原
🈯️パグリアルーロ
5️⃣石毛
7️⃣ブリューワー
2️⃣伊東
6️⃣奈良原
🅿️渡辺久信
94年のシーズンは、開幕こそ連勝スタートしたが、次のオリックス相手に3連敗してから歯車が狂い始め、前年の2️⃣位から、最下位に終わってしまい、主力選手の故障が相次いだ。大沢親分が、ファンの前で土下座したくらいだった。
試合は、5回終わって、劣勢を強いられた中、6回にシューの3ランで反撃開始。大沢親分が、敬意を払ってたくらい信頼寄せた選手。
最大のハイライトが、8️⃣回の攻撃。田村の代打に大島が送られ、簡単に2️⃣ストライク0️⃣ボールと追い込まれ、3️⃣球目アウトコースよりの直球を捉えると。この日の西武球場は、雨☔️☂️が降ってた。
雨を切り裂いて、右中間スタンドに飛び込み、逆転満塁本塁打。4️⃣3️⃣歳のおっさんが魅せた大仕事。その時のコメントで「(相手バッテリー)三球三振狙ってのわかってた」と言ってた。長年の積み重ねが打たせたと思う。
大島さん自身が、打率.3️⃣2️⃣3️⃣、2️⃣1️⃣安打 2️⃣2️⃣打点の成績残しながら、この年で引退。誰もが、翌年も、出来ると思ったはず、けど、球団が来季の契約結ばんのと、監督が大沢親分から上田利治さんに変わることもあり、自身も限界が来たようでした。
自身が、サヨナラHR打って、ホームベースに戻ってくる時、手を横に振るのは、手荒いのやめてくれのシグナルでしたね。でも笑顔でした。