かつて、阪神の投手として活躍したジーン.バッキー氏が故郷のルイジアナ州の病院で亡くなった。82歳だった。腹部動脈瘤に手術後、合併症を併発。
    バッキー氏は、62年7月にテスト生とし阪神に入団。64年に、村山実とともに、優勝に貢献し、自身は、29勝9敗、防御率1.89の成績を残し、最多勝と最優秀防御率のタイトルを獲得。65年6/28の巨人戦ではノーヒットノーラン達成し、68年まで5年連続2桁勝利。9/18巨人戦で運命が変わる。69年からは、近鉄に移籍。7連敗で終わり現役を引退。
    9/18巨人戦で、運命が変わったのは、王貞治に対し、ビーンボール気味の球が続けて来た時。王がバッキーに詰め寄った時、そこに、荒川博が出てきて。バッキーが荒川コーチを、右手で殴り、バッキーは、それで骨折し、投手生命が終わった。ただ荒川博も合気道の有段者みたいでした。通算100勝ですが、あれがなければ、もっと勝てたと思います。
   引退後は、27年間、中学.高校の教師勤め、牧場も経営してました。晩年は、同じく日本通算100勝を目指したメッセンジャーと、ネットでやり取りしてました。最初に書きましたが、テスト生で入団し、アパート暮らし、球場には、エルドレッドもだが、自転車🚲通勤で、バッキーは、ハングリー精神旺盛でした。2016年にカープのジョンソンが、沢村賞を受賞した時、外国人投手ではバッキー以来でした。