昨日、DeNAが初CS初進出した今日、「ハマの番長」こと、三浦大輔投手が、今季限り現役引退を表明。来シーズンからは、横浜大洋ホエールズのユニホームを着用した選手がいなくなり、三浦が唯一の選手であった。
 三浦投手は、奈良は高田商業高校から92年D6位で大洋(現DeNA)に入団。大洋最後の試合となった10/7の巨人戦でプロ初登板。遠藤一彦投手の引退試合、藤田監督にとっても最後の試合でした。2回を無失点と上々のデビューを果たすと、翌93年9/4対広島戦では初勝利を完投勝利で飾る、同じ試合で金本(現阪神監督)のプロ初本塁打でもあった。
 95年から先発ローテにくわり、97年に初の2桁10勝を挙げ、背番号も「46」から「18」に変更。98年にも12勝を挙げ、リーグ優勝、日本一の貢献。自身は第3戦に先発6四球と乱調だった。
 2004年にアテネ五輪の代表に、05年に最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得。07年には35回連続無失点は、平松政次の33回1/3を抜き球団新記録。また、ゴールデンスピリット賞も受賞。老人、身体障害者や、小学校への訪問と率先して行ったことが大きく評価された。
 98年にFA宣言するも、横浜に残留。2012年7/4の巨人戦で通算150勝。巨人戦の勝利は2507日ぶり。6完投を記録。2014年からは投手兼任コーチに就任。今季の初先発は、4回6失点と残念な結果になったが、ヒットも放ち、24年連続安打を記録。ギネスにも申請された。来季以降、背番号18は準永久欠番で、ふさわしい選手が現れるまで欠番扱いとなった。ここまで通算172勝を挙げた。
 リーゼントは、故三浦洋一を彷彿とさせる髪型で、どこかの俳優でも行けるくらいの人物です。主な特徴として、二段モーションから、スローカーブを駆使し、相手打者を翻弄。ただ、06年から規定が厳しくなり、二段モーションが禁止になり、持ち味が失われたように感じた。二段モーションも技の一つで、三浦自身が相手打者を抑えるために、考えたのに・・・規定がなければ200勝はできたかもしれません。
 開幕投手を7度務めたが、1度も勝利投手になることができなかった、オフになると、奈良の出身なので、関西のラジオ番組に出たり、テレビでは、「痛快!明石家電視台」にも、昨年引退した関本と一緒に出演しました。
 2005年10/12、野村謙二郎引退試合では、横浜の先発として、黒田との投げあいに勝った。素晴らしい試合でした。
 引退後は、外から野球を勉強すると思いますが、近い将来現場に戻ってきてほしいです。