近藤氏は、1960年大洋に入団、初優勝に貢献し、日本シリーズでは、MVPを獲得。14年間大洋一筋でプレー。
引退後は、大洋、ヤクルト、西武、巨人、ロッテで指導を経験。大洋ホエールズカラ横浜ベイスターズに変わった93年から3年間、ロッテで、2年目監督を務めた。通算1619試合、1183安打、65本塁打、360打点、148盗塁。
コーチ時代は、日本一に貢献したが、監督として5年間は、95年の4位が最高だった。ロッテ監督時代は、“18連敗”もワースト記録。17連敗で迎えた試合は、9回二死から追いつかれ「七夕の悲劇」と呼ばれた。
横浜で監督時代の最初は、長嶋茂雄監督巨人が相手だった。横浜時代は、進藤、石井琢朗、谷繁、鈴木尚典をレギュラーで起用。投手陣は、斎藤隆を先発ローテで起用、ロッテでは、福浦、そして、新人の小坂誠を開幕(97年)スタメンで起用。投手陣は、ヒルマン、伊良部が抜けたローテには、黒木を起用。両チームで、結果は出なかったが、土台は作ったと思います。18連敗の時は、先発ローテだった黒木を抑えに回す禁じ手使っても、うまく行かなかった。この両チームは、優勝から遠ざかってますが、いい報告して欲しいです、監督通算302勝353敗。5年間で最下位は3度だが、94年は、優勝した巨人に15勝11敗で勝ち越し、98年は西武に対し13勝13敗とイーブン。と健闘した。コーチ時代は妥協を許さなかった。
新人の時に日本シリーズMVPは、第1号。ただ、このシリーズは、15打数3安打と、ニールとともにMVP取った選手で、最少安打数だったが、昨年甲斐が取ったが、2安打で最少安打数になった。近藤氏が取れた決め手は、第3戦で、5-5の同点から打った決勝本塁打でした。