雨の日。
夫が、まだ見ぬ娘のために
ハンガーラックを手作りした。
窓の外ではしとしとと雨が降り、
部屋の奥で、金槌の音がトントンと響いていた。
その背中には、ほんのわずかに、
彼が“お父さんになろうとしている”ことが
滲んでいたように思う。
せっかくの大きな庭で、
私たちは初めて、畑作りをすることにした。
土作りのことなんて、何ひとつわからないまま、
本を開いて一から学びながら、
ふたりで、ワサワサと
土をかき混ぜた。
スイカなんて、難易度の高いものにも
挑戦してみたものの、
実った様子はなくて。
やがて畑からスイカの姿は消え、
私たちも、すっかり忘れていた頃
そのスイカは、
遠くの崖の下で
みかんほどの大きさで見つかった。
夏になって、
新しい小さな温もりが
わが家にやってきたころ。
「お葬式ばかりで大変だ」と
いつも忙しそうだったご近所さんたちが、
丁寧な所作で、ふくさから
お祝いを渡してくれた。
太陽の下で、長年働いてきたであろう
その手には、深く刻まれたシワがあった。
特別なことのようには見せず、
当たり前のように、ふくさをひらく所作。
近所も家族のように支え合ってきた、
そんな時代を生きてきた人だけが持つ、
ごく自然で、静かなやさしさだった。
いつの間にか、
畑には、娘よりも大きなきゅうりが実り、
たくさんのトマトは、娘の大好物になった。
1時間おきに目を覚ます日々は、
眠れなかったのか、夢を見ていたのか、
その違いさえ、いつの間にか曖昧になっていた。
徐々に眠らない娘に、ため息をついて、
彼は、背中を向けて眠るようになった。
わたしは娘を胸に抱いたまま、
ゆっくりと玄関を開けて、外に出た。
静かな山道を、
小さな温もりを抱いて、歩いていた。
眠るまで、何度も歩いたその道と、
あのころ毎晩のように口ずさんだ
星を見上げる歌だけは、
今も、心の奥にやわらかく残っている。
あれからのことは、
なぜだかわからない。
何度思い出そうとしても、
それ以上に、思い出すことができない。
でも、腕の中の小さな寝息と、
何度も拭った自分の涙の味は、
今もそこにあるかのように
残っている。
あのとき、
何を間違えたのか。
今でも、時折考えてしまう。
今も変わらず、あの場所にある
あの高台の家を
見るたびに、
私は見つかりもしない
答えを、また探してしまうのだった。