―大したことないヤツのまま、生きていく話―
どうしようもない彼の、一言だけが、
私の決心を決めた。
「お前は理想が高すぎる。だから苦しくなるんだ。
大したやつじゃない、そう思えば楽になるよ、きっと」
その言葉が、嬉しかった。
そんなふうに言われたのは、はじめてだった。
上に上がらなければ価値がないと、
立ち止まれば落ちていくのだと、
息をするように、そう信じてきていた。
まさか、下を見ていいなんて。
そんなふうに言ってくれる人は、誰もいなかった。
私はいつも誰かに認めて欲しくて、
自分の力以上に、
いい人で、立派な人であろうとしていた。
失敗しないように。
嫌われないように。
愛されるように。
でも本当は、
そんな自分に、自分が一番疲れていた。
うまくできなかった日、
人と比べてひとりで落ち込んだ日、
何をしても心がついてこなくて、
ただ時間だけが過ぎていった日、
そんな日は、自分がどうしようもなく思えた。
「またダメだった」
「なんでこんなこともできないんだろう」
“ちゃんとしてない私は、存在しちゃいけない”
そんなふうに、
どこかで思い込んでいたのかもしれない。
「大したやつじゃない。」
そう思ってみたら、心が軽くなった。
ちゃんと笑えなくてもよかった。
ただ1日生き抜いたら、それだけで十分だった。
そんな自分を責めずにいられたら、それでよかった。
あのときの私に、
それがすぐにわかるはずもなかったけど、
彼の言葉は、
この人と生きてみようと決めるには、
十分な理由になった。
そして、私は大したことないヤツのまま、
彼と夫婦になったのだ。
今でも時々、そう呟くことがある。
「その理想は捨ててしまえ、くだらねぇ。」
何年も見ていないあの顔が、
ぶっきらぼうに、
頭の中で、鼻で笑い、
悔しいけど、私はふと
また肩の荷を下ろすのだ。
それでいいのか、と
心のどこかで、つぶやきながら。