前回
神谷邸から歩いてすぐの場所に
愛新覚羅 溥傑夫妻が暮らした家があり
なかも見学できるとのことで…
10分もかからない場所だと思います
驚くほど近くでした!
外が改装中でしたが私的には問題ありません
それにしてもまるで映画のセットのように
きれいに手入れして残されてる!
さっそくお邪魔してきました
この家には1937(昭和12)年、
中国清朝の最後の皇帝となった
愛新覚羅溥儀(あいしんかぐら ふぎ)の
実弟、溥傑(ふけつ)と日本人の妻、浩
夫妻が暮らしていたそうで…
建物自体は大正時代に建てられ
二人が暮らしたのは 1937(昭和12)年ごろだそうです
受付の昭和レトロな感じ、好き![]()
ここも記帳して、見学無料
平屋建ての日本家屋、
当時としては天井が高いですね!
すごくきれいに手入れされていました
お金持ちの家の作りで…
商家の家のような雰囲気
広さも調度よくて使い勝手よさそう、という感じです
このガラスのシェード、いつごろのものかな
昭和初期~戦前のような気がする
障子とガラスの戸の桟が素晴らしくて…
見てくださいよ!この細やかな…
明り取り窓
と、使い勝手がよさそうな
障子にはめ込まれた板ガラス
割ってしまったら替わりが無さそうな
この真ん中のガラス~!↓
この霜降りのようなガラス…
「酒とてらだや」さんでも見ましたが
繊細なキラキラ感があってたまんない![]()
玄関近くに呼び鈴があり
そのつながった鴨居の向こう側には…
スイッチやブザー?
何かをかけるフックもありました
(まさか防犯用で薙刀でもかけてた?)
こういうのって、なにの目的で
どういう風に使われてたのかなーと
想像するとすごく楽しくないですか?
呼び鈴はたぶん帰宅したときに
お手伝いさんを呼んでたのかもしれませんね
ただ、ここはガイドさんがいなかったので
詳細がわからず想像にとどまります
こちらも欄間は透かし彫りで
スズメと竹が可愛らしいです
頭も帽子かぶってるしスズメですよね?
神谷邸と同じく大正時代の建物で
透かし彫りの欄間ですが
一階にあること、材質が違うことで
こちらのが湿気の影響が目立つように感じます
とはいえ、心が穏やかになり
住みたくなるような素敵な邸宅でした
展示物に愛新覚羅の一族の
家系図もありましたが、
私はあまり詳しくないので
ほどほどにしか分からず…
だけど、
「世界の歴史で有名な人の一族が
この家で静かに暮らしてたんですよ」
って聞く…と少しドキドキしませんか?
展示物の中にはこの家の中で
撮ったものも多くありました
上手く言えないんだけど…
神谷邸が「招待されたい」なら
愛新覚羅 溥傑 夫妻の家は
住みたくなる感じでした![]()
板の間と絨毯の間も一カ所ありました
この場所にテーブルがあって
お二人で紅茶やコーヒー飲んだかも?
窓際で本を読んだり刺繍をしたり…?
ここで新婚時代を過ごしたら
絶対楽しいと思います…![]()
ついでに千葉トヨペット
同じ通りの近くにある
旧日本勧業銀行本店を移築した
千葉トヨペット本社にも寄りました
ここは中には入れません
とにかく大きい!
立派なのは分かるけど
よくこんなのを移築したなぁ!!
この建物、はじめは 明治32年(1899年)に
東京市麹町区(現在の千代田区内幸町)に建てられてました
その後1926年、京阪電鉄に買われ「谷津遊園」に移築、
「楽天府」と名付けられ、食堂や売店、演芸場として活躍
その後、 1940年に千葉市役所の庁舎として千葉市中央区長洲に移築
現在は、1963年、千葉トヨペットが市から譲り受け 稲毛へ
3回も移築しているのはかなり珍しいです
今は、建物のなかの明治期のものは
みて解るようには残っておらず
ごく普通の現代的な事務所になって
都心のビル内と変わらない状態です
ただ、
国道の通りから見えるこの建物は
迫力があってとても目立ちます
世の中には、直せないままの施設も
ごまんとあるのですが
「巡り合わせ」があるんでしょうね
以上、千葉県稲毛区の国道周辺の
レトロな建物訪問したレポートでした
ご興味を持っていただけたら嬉しいです
また別の所も紹介していきたいです
ではでは。

インテリアのガラスにこだわると毎日、一生楽しい気がします

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