この秋のテーマは、BODY&BRAIN音譜
仕事柄すっかり落ちてしまった体力回復と、ちょっとお勉強してみようかとあちこちの行事や講座に参加してみるつもりです。







第一段はこちら。三宅町で開催された「太子道~女帝と太子を結んだ道~」
千田稔氏の講義です。千田先生って、三宅町出身なんや~


太子道(wikiより)

7世紀中頃に、奈良盆地を東西・南北にまっすぐ通る大道が整備されたが、例外的に古い地割に則って斜めに通る道筋が整備された道があった。
法隆寺と飛鳥宮を直接まっすぐに結ぶ道として(北北西-南南東方向・南北から約20度)傾いて設置された。
当時、聖徳太子が行き来したとされており、後に「太子道」とも呼ばれるようになった






太子道のポイントは、
飛鳥⇔斑鳩最短距離で結ぶこと
・南北に対して西に20度傾いていること
東西南北に対して斜めなので、筋違道(すじかいみち)とも言います。







何に使ったかというと、
①斑鳩に住んでいた聖徳太子の通勤
②推古天皇が斑鳩に仏教のお勉強に来たこともある
鳥山ロードが実在していたような話。通勤のために道作んなよDASH!







飛鳥と斑鳩を結ぶ道が、西に20度傾いているのも興味深い話ですね。
西に20度と言われると、法隆寺若草伽藍を思いだします。

▼若草伽藍(斑鳩町法隆寺・赤ライン)


▼三宅町周辺地図(ピンクが現存する太子道)

同じ角度やねえ。
何で西に20度なのか、若草伽藍と太子道とはどんな関係があるのか…

それを私は考えるつもりは全くありませんが、
学者さんやマニア相手やと論争になりそうでコワイです汗






昨今、聖徳太子はいなかった…なんて説をききます。







私は学者でも信者でもないから、聖徳太子がいてもいなくても基本どっちでもいいんですが、
かわじーは聖徳太子は「いた」と思っています。






有能な政治家「厩戸王(皇子)」で、尊敬の念が信仰に発展したんじゃないかな?
と何の根拠もなく思っています。
でも、聖人君子だったかはよくわからないなあ。

千田先生も同じようなことをおっしゃっていました。
もちろん千田先生のほうが、理論的にご説明されていましたが。







だって、普通にまっすぐ考えて、
「存在しない」人間のために、法隆寺作るか?
「存在しない」人間のために、鳥山ロード作るか?
遣隋使や十七条憲法の輝かしい功績、「存在しない」人間の手柄にするかな?







後世にうまいこと脚色されたり、利用されたりした気はするけど、
それに謎や辻褄があわないことも多いらしいけど、

聖徳太子、いたことはいたんじゃないのかなあ?







この秋は聖徳太子に関する講座やイベントがたくさん。
いくつ参加できるかわからないけど、かわじーにはひとつ目標がありまして。

それを目指して、この秋BODY&BRAINを鍛えまーす