②沖ノ島古代祭祀の宝物
沖津宮のある沖ノ島では、古代から祭祀が行われてきました。
古墳時代~遣唐使廃止頃まで。約600年間だそうです。
沖ノ島の中腹には、巨大な石が密集しているところがあります。これは国立歴史民俗博物館にある模型です。
ここで古代祭祀が行われてました。

Aの岩の側にあるのは、現在の沖津宮。
お社ができた時期はかわじーはわかりませんが、もっと時代が下ってからのはずです。
祭祀の変遷などはマニアックなのでやめておきます
興味あれば、ちょっとググれば出てくるはずです。
なんといっても有名なのは、その古代祭祀で供えられたり使用されたりした、宝物の数々。
国際色も豊かなため「海の正倉院」と言われたりもしています。
宝物の数々は、九州本土の辺津宮の神宝館にあります。

ひょー、3階建て!すげー!
幸運にも有名な宝物が揃ってましたv(^-^)v

こういう宝物達です。
正倉院や藤ノ木古墳にありそうな物達です。奈文研で見たようなものもあります。
古代の国家祭祀ですから、ヤマトにあるものと類似しているんでしょうね。唐三彩やペルシャガラスもあるんですよ!
中でも、一番見たかったのがコレです。

金銅製高機のミニチュア。8~9世紀の作と推定。
全長48cmですが、ちゃんと織れるそうですよ。
これを沖ノ島から持ち帰らせたのは、黒田長政やとか。
あとで書きますが、沖ノ島から神様に献上した宝物を持ち帰るなど不届き千万。
入手するよう命じたそうですが、禁忌があるため誰も従わない。
そこで長政は、博多のキリシタンに命じて沖ノ島に向かわせたとか。長政のクレバーさには感心しますが、当時の物欲って半端ないですね…
このとき持ち出された宝物のひとつである「金の機物」が、この金銅製高機と考えられるそうです。
余談ついでにもうひとつ。
これは高機ではなく、構造的には地機です。
地機は古い形の織機ですが、今もこれで織っている有名な織物がありますね。結城紬です。
地機織りの結城紬、誰か買ってくんないかな~
余談ばかりしてしまいましたが、沖ノ島の宝物しっかり目に焼きつけてきました!
③現在の沖ノ島「不言(おいわず)様」
かわじー軽く考えてたんです。
「神職さんと話す機会があったら、沖ノ島での日々のことを聞いてみたい」
「島に渡ったことのある崇敬者がいたら、どんな島なのか聞いてみたい」
なんなら男友達に頼んで島に渡ってもらい、様子を教えてもらおうか(笑)
でも沖ノ島は神様の島。
厳しい禁忌があり、それが現在に至るまで厳格に守られている。
島に入るときは全裸になり海で禊をしなければならない。
これは毎日ご奉仕する神職さんも、大祭で上陸する一般人も、学術目的で調査が認められた研究者も同じ。
女性は一切入島してはいけない
島から一木一草たりとも持ち出してはいけない
黒田長政は超罰当たりです(笑)
島内で四足の動物を食べてはいけない
そして、
沖ノ島で見聞きしたことを、口外してはならない
「不言(おいわず)様」の掟です。
だから、沖ノ島の遺跡からは、物言わぬ祭祀跡や宝物が多数出土しているけれど、
江戸以前の文献にはほとんど現れない。「不言様」の禁忌に従って、記述されなかったものと考えられるそうです。
だから、神職さんや崇敬者さんを懐柔して、
「ねえねえ島の中で何やってるんですか?」と訊いても無駄、
男友達を物見スパイに派遣しようなど言語道断です。
本っ当に申し訳ありません
もっとも、現在は学術的な研究がすすんでいますから、本などには写真もばんばん出ています。
辺津宮の隣りには、海の館むなかた館という学習交流館があり、ここのシアターの映像がすばらしいです。
神秘的な島内の映像が満載!
もし行かれたら、ぜひ見てほしいなー
このブログの元ネタにさせていただいている、この素晴らしい冊子もむなかた館でいただきました。

アカデミックな興味に偏りがちな沖ノ島ですが、
宗像大社を支えた人や、地元の方達のエピソードを満載し、現在の沖ノ島への祈りが生き生きと掲載されています。
…長くなってしまいました。
憧れた沖ノ島、実際に可能な範囲で訪れて、いろいろ感じたかわじーの感想。
「上陸なんてしなくていい。
もう探るつもりもない。秘密は秘密のままでいい。
学術的な研究を切り開き、文化財を保護した学者の先生方方の業績を讃えたいし、
今もかかさず島でご奉仕する神職様や、信仰を守る氏子・崇敬者さんを敬いたい。
余所者は余所者らしく、余計に踏み込まず、
いただいた機会で十分やと思う。」
島には行ってないのに、十分楽しんだ沖ノ島。
本当に行けてよかった、感謝です。
次回は中津宮(大島)のご報告です♪
沖津宮のある沖ノ島では、古代から祭祀が行われてきました。
古墳時代~遣唐使廃止頃まで。約600年間だそうです。
沖ノ島の中腹には、巨大な石が密集しているところがあります。これは国立歴史民俗博物館にある模型です。
ここで古代祭祀が行われてました。

Aの岩の側にあるのは、現在の沖津宮。
お社ができた時期はかわじーはわかりませんが、もっと時代が下ってからのはずです。
祭祀の変遷などはマニアックなのでやめておきます

興味あれば、ちょっとググれば出てくるはずです。
なんといっても有名なのは、その古代祭祀で供えられたり使用されたりした、宝物の数々。
国際色も豊かなため「海の正倉院」と言われたりもしています。
宝物の数々は、九州本土の辺津宮の神宝館にあります。

ひょー、3階建て!すげー!
幸運にも有名な宝物が揃ってましたv(^-^)v

こういう宝物達です。
正倉院や藤ノ木古墳にありそうな物達です。奈文研で見たようなものもあります。
古代の国家祭祀ですから、ヤマトにあるものと類似しているんでしょうね。唐三彩やペルシャガラスもあるんですよ!
中でも、一番見たかったのがコレです。

金銅製高機のミニチュア。8~9世紀の作と推定。
全長48cmですが、ちゃんと織れるそうですよ。
これを沖ノ島から持ち帰らせたのは、黒田長政やとか。
あとで書きますが、沖ノ島から神様に献上した宝物を持ち帰るなど不届き千万。
入手するよう命じたそうですが、禁忌があるため誰も従わない。
そこで長政は、博多のキリシタンに命じて沖ノ島に向かわせたとか。長政のクレバーさには感心しますが、当時の物欲って半端ないですね…
このとき持ち出された宝物のひとつである「金の機物」が、この金銅製高機と考えられるそうです。
余談ついでにもうひとつ。
これは高機ではなく、構造的には地機です。
地機は古い形の織機ですが、今もこれで織っている有名な織物がありますね。結城紬です。
地機織りの結城紬、誰か買ってくんないかな~
余談ばかりしてしまいましたが、沖ノ島の宝物しっかり目に焼きつけてきました!
③現在の沖ノ島「不言(おいわず)様」
かわじー軽く考えてたんです。
「神職さんと話す機会があったら、沖ノ島での日々のことを聞いてみたい」
「島に渡ったことのある崇敬者がいたら、どんな島なのか聞いてみたい」
なんなら男友達に頼んで島に渡ってもらい、様子を教えてもらおうか(笑)
でも沖ノ島は神様の島。
厳しい禁忌があり、それが現在に至るまで厳格に守られている。
島に入るときは全裸になり海で禊をしなければならない。これは毎日ご奉仕する神職さんも、大祭で上陸する一般人も、学術目的で調査が認められた研究者も同じ。
女性は一切入島してはいけない
島から一木一草たりとも持ち出してはいけない黒田長政は超罰当たりです(笑)
島内で四足の動物を食べてはいけないそして、
沖ノ島で見聞きしたことを、口外してはならない「不言(おいわず)様」の掟です。
だから、沖ノ島の遺跡からは、物言わぬ祭祀跡や宝物が多数出土しているけれど、
江戸以前の文献にはほとんど現れない。「不言様」の禁忌に従って、記述されなかったものと考えられるそうです。
だから、神職さんや崇敬者さんを懐柔して、
「ねえねえ島の中で何やってるんですか?」と訊いても無駄、
男友達を物見スパイに派遣しようなど言語道断です。
本っ当に申し訳ありません

もっとも、現在は学術的な研究がすすんでいますから、本などには写真もばんばん出ています。
辺津宮の隣りには、海の館むなかた館という学習交流館があり、ここのシアターの映像がすばらしいです。
神秘的な島内の映像が満載!
もし行かれたら、ぜひ見てほしいなー
このブログの元ネタにさせていただいている、この素晴らしい冊子もむなかた館でいただきました。

アカデミックな興味に偏りがちな沖ノ島ですが、
宗像大社を支えた人や、地元の方達のエピソードを満載し、現在の沖ノ島への祈りが生き生きと掲載されています。
…長くなってしまいました。
憧れた沖ノ島、実際に可能な範囲で訪れて、いろいろ感じたかわじーの感想。
「上陸なんてしなくていい。
もう探るつもりもない。秘密は秘密のままでいい。
学術的な研究を切り開き、文化財を保護した学者の先生方方の業績を讃えたいし、
今もかかさず島でご奉仕する神職様や、信仰を守る氏子・崇敬者さんを敬いたい。
余所者は余所者らしく、余計に踏み込まず、
いただいた機会で十分やと思う。」
島には行ってないのに、十分楽しんだ沖ノ島。
本当に行けてよかった、感謝です。
次回は中津宮(大島)のご報告です♪