テレビ番組を見ると報道でもスポーツでもドラマでも、何でもお笑いタレントが出ています。
飽きませんか?この状況。
大晦日ですが、紹介するのは別の日です。
ある日の夕飯🍽️
潮汁
国産真蛸
時々売っている国産の地だこ。でも殆どが外国産で、昔の烏賊、蛸の庶民の味方は今は高級品になりましたね。
生牡蠣
私の好物。これからどんどんと大きく膨れてきます。
妻は食べません。
なので妻には牡蠣フライ
蕪のシチュー
大きな蕪ときのこ達と海老。
そして鶏肉が合いますね。
妻の正月用のブリザーブドフラワー
冬の浮世絵
江戸百景「深川洲崎十万坪」歌川広重
現在の東陽町近辺
雪の降る日に、空高く飛んでいた一羽の大鷲が深川洲崎の沖で波間に漂う桶をみつけまさに降下しようとする一瞬を描いています。
左側の木材が立っている辺りは木場の材木問屋です。右は江戸湾。
遠景の筑波山を望む静かな雪景色。実際は見られないと思いますが。
広重は観ることが出来ない場所からの描写も上手ですよね。
江戸名所百景「深川木場」歌川広重
現在の江東区木場公園辺りで、元禄14年(1701)江戸の材木商達は最終的に9万坪とも言われる深川の広大な敷地に集められました。
また、木材は建設資材として大変な需要があって、その資本の蓄積から紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門などの豪商が生まれ木場の掘割の中に豪商の別荘が建ち並び、風情ある水郷の景色を見せていました。
紀伊国屋文左衛門
紀州湯浅の出身。文左衛門が20代の頃、紀州みかんや塩鮭で富を築いた話が伝えられる。元禄年間には江戸八丁堀へ住み、江戸幕府の側用人柳沢吉保や勘定奉行の荻原重秀、老中の阿部正武らに賄賂を贈り接近したと言われる。上野寛永寺根本中堂の造営で巨利を得て幕府御用達の材木商人となるも、深川木場を火災で焼失、材木屋は廃業した。
八丁堀に広大な邸を構え、奈良屋茂左衛門勝豊との吉原における豪遊の逸話が伝わっている。
奈良屋茂左衛門
この人は私はよく知りませんが
江戸中期の江戸の材木商。姓は神田氏。通称奈良茂。初代勝義の寛永年中(1624-44)から深川霊岸寺に住し,3代逢勝早世のあと,弟の4代勝豊は材木商に奉公し28歳のとき独立,日光東照宮修復工事の御用材納入を請け負って巨利を占めた。
江戸名所百景「浅草金龍山」歌川広重
知っていますか?
現在の五重塔は左側に建って居ますが、江戸時代は右側に建っています。
不思議な二点の疑問点
安政の大地震(安政2年10月2日(1855年11月11日)午後10時ごろ)で曲がったはずの九輪が、広重の絵では元通り、まっすぐになっています。
安政3年5月の項に「浅草寺五層塔婆の九輪、地震の時傾きたるを修理す」とあります
広重の浅草寺の浮世絵が描かれた時はまだ曲がっていたはずです。
また7月に出版されたこの浮世絵なのに雪景色を描いているということです。
何故なんでしょうね?
広重に聞いてみない事には分かりません。
では皆さま、良いお年をお迎え下さい。
我家は初詣は喪中でないので、鴨ちゃん詣で近所の公園でも行こうかな。
平和な正月を迎えます。
年賀状も無いだろうし、やはり平和。
東京も人が減って良いですね。
来年も宜しくお願いします。












