ふと書きたくなったので、こちらに寄せてみることにしました。
ホロスコープとの関係について、です。
じーっと誰かのネイタルを見る、
または何かを解明しようとしてホロスコープを見る・・・
そんなこともありますが、
ホロスコープやネイタルを観察しようとしてじーーっとみているとき以外に
ぴろりん🎵ってひらめきが降りてくることがあります。
むしろ、ひらめき発生装置の如く、歩き回ったり、読書したり、ほかごとしたり、
っていうぐらいかも・・・。
視点をミクロにしたりマクロにしたり、そこから逸らしてみたり・・・。
そうすることによって得られないアイデアがやってきたり、なにかをつかみとったり。
そういう”全体性の中に舞うエネルギーをキャッチする”というのかしら、
繊細で、でも実はとても壮大な?、そういうリーディング、見方、捉え方をしていたいなと思っていますし、
なにより、技法や〇〇論によりすぎず、全体を見ることで、木を見て森を見ず、みたいなことを避けられるのだろうな
とも思っています。
ホロスコープを見るというよりは
その行為自体を媒体として対象者のエネルギーをちょっとだけ覗き見する、エネルギーに触れさせてもらう、
そういう感覚・・・。
実際、そういう感覚で読ませていただいている時の方が”感度が高く、いいリーディングをしているな”ということが多いです。
視点は多分中空・・・w
タイムラインもおそらく別次元。
だから時間がマジで溶けるw
当てようとか伝えよう、ではなくて、
流れてくるものをさらさら、、と。
そういうときこそ、なにかが宿っているのかなぁ・・・なんて。
あ、そうそう、
ホロスコープですが、
個人的には表では観測術、裏では依代術であるとも思っています。w
テラセントリックな次元に繋がるためのキー・・・みたいなものというとわかりやすいでしょうか。
日々、
実験、観測、虚(違う次元につながること)
実験、観測、虚を繰り返していますw。