こんにちは。
しいたけ。です🍄🟫
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タイトルの通り、54歳のわたしは現在
自動車教習所に通ってる真っ最中でございます。
第一段階が終わって
仮免検定を数日後に控えております。
今回は車の免許を取ることになった経緯と
その中で腰が砕けながらも発見したことを
つらつらと書いていきたいと思います。
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元々小学生の時から東京住みだったので
車の免許がなくても1ミリも困りませんでした。
(旅行も若い時は友達の運転で行く時もあったけど
ほぼ公共交通機関利用してた)
結婚し、夫はけっこう大きめな車を持ってましたが
東京では乗る機会はほぼ無いし
東京の駐車場代はバカ高いし
維持メンテナンス車検代はクソ高いしで
いい加減手放してくんないかな……
とは口に出さねど思ってました。
周りの人が次々と車を手放すのが続出したときは
より一層その思いが強くなりました。
しかしその後、夫の仕事の都合で福島県に移り
車手放してたら即詰んでたわ〜……と安堵しながら
休日は夫の運転でお出かけ
平日は電チャリでお出かけ
という日々を過ごしていました。
電チャリが激レア種という地域のため
みんなに二度見されながら爆走したのも
今では良い思い出です。
わたしは東京では看護師として働いてましたが
育児と家事と仕事で病みまくっていました。
あ、あと経済的にも詰みまくってたわ。
(子供2人の保育園代を稼いでいたら
うっかり扶養を越えてしまった![]()
給料は全額保育園代に消え
保険税金はドカンと請求来る地獄)
それが福島県に移住したら状況は一変。
お子らは近くの保育園で預かってくれて
わたしは前からの夢だった
イラストの仕事を在宅ですることになり
キラキラの引きこもり生活がスタートしました。
結局引きこもり生活は5年くらい続き(夫に感謝!)
その後短時間パートから始めて今に至りますが
お子らが小学生の時は運転免許が無くても
さしたる不便は感じずにきました。
とはいえ「不便は無い」で過ごせたのは
ただ単に物凄くラッキーなだけだったと思います。
もし夫が出張で不在時に
子供を病院に連れて行く事態になったら……
もしくは夫の具合が悪く自力運転が無理だったら…
という可能性はうっすら頭にありましたが
後述の理由もありまして
まぁ何とかなんだろと流してきました。
わたしが車とか運転に
興味が無いってのもありました。
(ただ母や周りの人には
興味有り無しの問題じゃなく車は必須だと
何回も言われました![]()
母には教習所代だとお金も貰いましたが
生活費に消えてしまった……お母さんごめん
)
あとは夫がわたしの免許取得に一貫して
消極的&うっすら反対ブレンドの対応だった
ということも大きかったです。
やはりわたしも免許を取った方がいいんじゃないか
ということを夫に相談するたびに
いや大丈夫だ
そんなに必要無い
何とかなんだろ
の3点セットが返ってくるので
まぁそうかなとその都度終わっていました。
しかし当然ながら
何とかならない事態がやってきました。
大芋(中3女子)の高校進学です。
大芋が行きたい高校はそこそこ遠く
しかも公共交通機関では行けない場所。
しかしスクールバスは運行していまして
(交通費が年◯十万かかると知った時は
自分でも出したことない声が出ましたが)
とりあえず一安心と油断していました。
その後学校説明会で他のママさんから
スクールバス運行時以外の送迎もかなりあること
(夏休みとか。そらそうよね……
)
雪などの天候状況で運行しないこともあると聞き
やっぱりこりゃいかんわとやっと尻に火がつき
夫にわたしも免許取った方が良いと話しました。
すると夫は上記の3点セットを返します。
しかし今回ばかりは退く訳にはいきません。
しばらく押し問答していると
夫は信じられない言葉を発しました。
「それだったら大芋の進路先を変えればいい」
………………………………………………………………………………は?
はああああああああああああああああああ!?
中1の時から「◯◯高校が良い!」と決めてて
事ある毎に「早く◯◯高校行きたい、頑張る!」
って勉強頑張ってる大芋に
よくもまぁそんな事言おうと思うな!!
わたしも一気にヒートアップいたしました。
続きまーす![]()


