正論は人を救わない。 | しいたけ。のブログ

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夫 大芋(2011年生 女)小芋(2013年生 男)の四人家族。
ドタバタな日々に、元々の鳥頭(3歩歩けば忘れる)が絶賛進行中。
ホ・オポノポノのクリーニングで自由の感覚を日々上書き中。
イラスト描いたりクリーニングして引きこもりライフ満喫中です。

こんにちは。


しいたけ。です🍄‍🟫











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パート先で某日一緒に作業した女性が

まだ小さい3人のお子さんがいる

お母さんなんですが



何の会話の流れか忘れましたが


「もう一度人生やり直すとしたら

絶対結婚はしないし子供も産まない。


もちろん自分の子供は可愛いし愛してるけど

全方位のしんどさ辛さの方が上回る。


◯◯ちゃん(職場の20代の女子、独身)に


「結婚、出産ってやっぱ良いもんですか?」


って聞かれたから


「もちろん良いこともいっぱいあるけど

わたしは個人的には勧められないな……

大変な方が多いかな〜」


と答えるしかなかった」


という趣旨をその方が話しまして


わたしはただただ


ああ〜………

本当に、本当に疲れてるんだな〜……


と思いました。


何故ならわたしも子供が小さい時に

似たような心境になったから笑い泣き



その時に外から一番言われたのが



「子供大きくなったら楽になるよ」

「今が一番可愛い時だよ」



で、それは本当だと今はわかるんですが

当時はそれを言われるたびに



いや今!!今辛いんだが!?

今乗り切れるかどうかもわからんのに

何で先のこと言ってくんの!?意味わからん!!

自分が言って良い気分になりたいだけなら

貝になってくれ!!口開けんな!!


って思うくらいにはやさぐれてましたね。


なので「子供大きくなったら云々」は

実体験として本当だとはわかりつつも

言いたくなる気持ちをぐっとこらえ


ふんふんと話を聞き

彼女の旦那さんを処す方法で盛り上がり

その会話は終わりました(怖)昇天




その後Xでこの記事を読みまして

膝が割れるかと思うくらい打ってしまった。

 

 

【正しいことを言ったのに、相手が傷ついた経験はありますか。



あるいは逆に、正しいことを言われたのに、なぜかひどく落ち込んだ経験は。

正論には、不思議な性質があります。内容は正しい。反論の余地もない。なのに、受け取った側がぐったりしてしまう。

論理的には勝っているのに、人間関係では何かを失っている。裁判で無罪を勝ち取ったのに、なぜか友達がいなくなってくような。

正論が人を傷つける理由を、私なりに考えてみました。

1つ目は、タイミングです。
骨折した直後に「カルシウムが足りなかったんじゃないですか」と言う人はいません。でも心が折れた直後には、案外やってしまいます。

「だから言ったじゃないですか」「最初からそうすればよかったんですよ」。内容は正しい。でも今言う?という話です。


正論は鮮度が命で、タイミングを外すと毒に変わります。賞味期限切れの正論は、冷蔵庫の奥で忘れられた牛乳と同じです。

2つ目は、要求されていないから。
これが一番やっかいです。相手はただ「うん、そうだよね」という言葉が欲しかっただけなのに、解決策と正論がセットで届いてしまう。

頼んでいないものが大量に送られてくる。しかも梱包が丁寧で、高級品で、貴重なもので、返品しづらい。

相手は良かれと思って、ロマネ・コンティをプレゼントしてくれたのに、こちらはワインが苦手どころか、お酒が一滴も飲めない。そんな感じ。

正論の被害者にはたまに会います。
「恋人に、正しいことしか言われなかった」と話してくれる方がいます。嘘はついていない、間違ったことも言っていない、でも話すたびにしんどかった、と。


そういう話を聞いていると、正論とは「内容の正しさ」と「届け方の温度」が別物だということが、よくわかります。

内容が100点でも、温度が0度なら、受け取った側は凍えます。完璧な内容の冷凍食品を、解凍せずに出すようなものです。食べられないことはないけど、つらい。

では、正論を言ってはいけないのか。
そんなことはありません。

正しいことは、正しいです。
ただ一つだけ、言う前に確認してほしいことがあります。

「相手は今、正論を必要としているか」

解決策が欲しい人に正論を届けるのは、親切です。でも、ただ話を聞いてほしい人に正論を届けるのは、少し違う。すでにびしょ濡れの人に、傘を渡しても、ありがとうとはなりにくい。


もっとも、こういうことを書くと、「でもやっぱり正論は大事だと思います」「間違いは正さなきゃいけない」みたいなリプライがきっと来ます。

はい、正しいです。完全に正しい。でも、なんか、ちょっと、そういうことじゃないんです。

人の失敗談に「私ならそうしません」と真顔で言える人の人生は、きっとすごいのだと思います。でも二次会とか呼ばれなそうです。

SNSを眺めていると、この現象が大規模に観察できます。誰かが「つらい」と呟いた5秒後には、見知らぬ人から正論が10件届いています。
タイムラインがコンサルになります。原因分析、改善案、参考文献つき。泣いていた人は、いつの間にかプレゼンを聞いている。善意です。みんな、善意です。それがまた、つらい。


正論は悪くありません。むしろ世の中に必要なものです。

ただそれは、相手の準備ができた時に、適切な温度で届けて、はじめて正論になります。それ以外は、ただの「正しい言葉」です。

正しい言葉と、届く言葉は、別物です。

あなたの正論が、ちゃんと正論として届く日が増えますように。

そしてあなたが受け取る言葉も、少しだけ温かいものでありますように。】




正論を


【完璧な内容の冷凍食品を、

解凍せずに出されるようなもの】


って例えがもう、秀逸すぎる。


「お母さんは太陽であれ」

「育児は育自」

「大変だけど、子供の寝顔で頑張れる」


っていう言葉で負うじわ〜っ……としたダメージが

見事に言語化されたスッキリ感。



改めてあの時彼女に


冷凍食品をそのまま出さなくて良かった

いいから食えと強要しなくて良かった


と思いましたにっこり





【正しい言葉と、届く言葉は、別物】



忘れないように心がけたら

正論説教BBAルートは回避出来る気がするニヤニヤ