こんにちは。
しいたけ。です🍄🟫
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※流産というワードが出てきます。
苦手な方はまた今度☺️
今からちょうど10年前の話。
今回は上の記事を読まなくてもわかる内容なので
お暇な時にどうぞ☺️
最近この話をやけに鮮明に思い出しまして
改めて不思議な出来事だったな~と感じ
もう一度書いてみようと思った次第です。
10年前、すでに大芋小芋が生まれていまして
夫は仕事が忙しく、わたしはワンオペ育児と家事で
心身共に中々香ばしく追い込まれていました。
そんな時に、3人目妊娠。
(避妊はしてたけど、失敗した模様)
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ葛藤しました。
その時点で43歳。
高齢出産のリスクに加え
ワンオペ育児で体力気力は毎日エンプティ。
経済的にも余裕なんてある訳ない。
診察してくれた女医さんも慎重なスタンスで
こちらの判断を待つ姿勢でいてくれました。
ぐちゃぐちゃ悩んだんですが結局
産む、産んだら何とかなる!!と決めました。
胎児心音が確認されていたのも大きかった。
しかし次の受診では心音が消えており
流産と診断されました。
喪失感はあれどただシンプルに悲しい訳でもなく
気が抜けた中にも安堵感も正直あり
色んな思いが錯綜したまま病院を出て
そのまま家に帰る気にもならず
家の最寄り駅から数駅先の駅ビルに
とりあえず寄ってみました。
適当な階までエレベーターで上り
本屋でも覗くか⋯⋯と進んでいくと
ベビーマッサージの講習会が開かれていました。
流産直後にベビーマッサージてマジかよ⋯⋯
と乾いた笑いと共に力が抜けて
近くの柱にもたれつつぼーっと見ていました。
講習会はエスカレーター脇のスペースに
大きい布?ブランケット?みたいなものを
3枚くらい重ねて敷いてあり
その上で8組くらいの母子が受けていました。
エスカレーター脇の5m程離れた場所には
二人掛けソファがいくつかあり
70歳代であろう女性2人が談笑していました。
ぼーっと見ているうちに何故かわかりませんが
何となく心が静まり、なんなら癒されて
しばらく見学した後、帰宅しました。
この時はまぁ平常のメンタルではなかったので
見たまんまのこと、で終わったんですが
今改めて思い出してみたら
最初から最後まで変なんですよね。
まず生後数ヶ月の赤ちゃんを
不特定多数の人が行き交う
駅ビルの、エスカレーター脇のスペースで
しかも床にただの布数枚敷いただけのところに
赤ちゃん寝かせて、なんて
10年前でもまずあり得ないですよね。
そしてわたしから数m離れたソファで
談笑していた70歳代女性2人。
孫がいてもおかしくない年代でもあるし
赤ちゃんが8人もいたら
何かしらのリアクションあって普通と思いますが
2人共に見事なくらいにスルーしていた。
お喋りに夢中で、赤ちゃん見てもいなかった。
平日の昼間だったんで、閑散としてましたが
それでもわたしの前を数人は歩いていきました。
そういえばその中の誰一人
ベビーマッサージに目を向けたり
立ち止まった人はいなかった。
みんな普通にスルーして通り過ぎていきました。
あれはわたしにしか見えていなかったのか⋯⋯?
いやいやまさかね〜と思いつつも
あの空間でわたしは確実に癒されたし
深い部分で「赦された」のだなと
今改めて思います。
流産したことに正直安堵した部分もあったし
重荷がいきなり消えたような解放感もあった。
その気持のありように葛藤もあったけど
あの空間で赦されたことによって
「やっぱり赤ちゃんを抱きたかった」
という気持ちも思い出すことが出来た。
誰に、何を赦されたのか知らんけど。
と、まぁ結局「不思議な出来事だったなぁ」
のまま終わる話なんですが
時間薬の効果なのか
余計な灰汁がさらさら落ちて
ミルク色の光の粒々に満ちた記憶になっていて
亡くなったあとのあの世で
答え合わせが楽しみな日々です![]()
ある日の朝焼けの空。


雲の切れ間にちょうど朝日がハマって
まんま瞳のようでした。
わたしのスマホでは太陽のラインが
潰れてほとんど見えませんが(泣)

