あの日から25年が経ちました。

ムスメも20歳になり
実家も震災後ずっと壊れたままだった
お墓を立て直し、
あの日起こったこと諸々に
一区切りついたような心地でいます。


実は今まで

こうやって震災後の
辛かったことや悲しかったことを
頑張って乗り越えてきたよ、と書くことを

どこか冷めた目で見ている自分がいました。


確かに大変なことを乗り越えてきたと思うし
だからこその今の自分があると思うし

でも

ずっと頑張っていたのか、と言われると
そんなわけなんかなくて

むしろ、ずっとあんな地震さえなかったら、

家が潰れなかったやろし、
じじばばもすぐには死ななかったやろし、
父が手術して仕事辞めなくてもよかったやろし、
母が、弟が…と、
我が家に起こったあれこれを地震につなげて
 
自分の現状を呪ったりしてました。


いや、これもキレイ事やな。


境遇を呪ってても立ち直りました、なんて。
そんな殊勝なことなんか全然なくて

自分が立ち向かったり努力したりすることを
地震で出来なくなったなんて表現して

本当はそんなこと関係なくて
自分がやるか、やらないかを決めていいことなのに
ハラをくくる覚悟がないことや
決めたことを出来なかった時の言い訳にしていた。


しょうもないことばかりを
繰り返してきていただけでした。


だから自分がずっと嫌いでした。
でも、そうするしか出来なかった根性なしな私。
口では変わりたいっていってたけどね。



それが、今の私はちょっとすごいねんで、
と自分で言えるようになった。


好きなこと、続けていきたいことを
見つけることが出来て、
辛くても諦めずにいられるようになってきて

少しずつ、少しずつだけど
自分の好きなところが増えていって。

ようやっと、目を逸らして見ないようにしてた
「自分を醜いと思っている自分」
を見つめることが出来て
イヤな自分も自分なんだ、って
受け入れられるようになってきました。


何が起こってこうなった?て、
決定的な出来事があったわけではなくて。

たぶん、そうじゃないか、と思うのは
人との信頼関係だと思っています。



こんな私のことを
どこまでも信じてくれる人達がいて

どれだけ私が失敗しても
「またやってみよう」と言ってくれて

「大丈夫、きっと出来るから」と
見守り続けてくれたから、
この人の期待に応えたいって
自分のためだけじゃなくて頑張りたいって
思えたことがきっかけだったと思います。


このように出会いが人を変えることもあるんです。
まだその人たちに
あなたのおかげです、と感謝すら伝えてないし、
おひとりは空から
見守っていてくださってたりするけど…

普段はそれぞれに忙しくしているけど
何かあったらふと気配を感じて
いつも見守ってもらえてる安心感があります。


そして今度は
私が誰かのキッカケや支えになれたらな、と
考えてトライ&エラーを繰り返しています。
いや、何か大きなことをやるのではなくて
他愛もない雑談とかを話せる、
でいいと思ってます。

だからこその、カフェや人と出会えるイベントを
続けたいって思っています。


その人が自分でも気付いていない能力や可能性に
気付くタイミング、というのもあります。
それは大事にしていきたいと思っているし
何よりどうしたいかを丁寧に紐解きたいと
思っています。
自分で自分の望みをわかっていない人って
結構多いですしね。

また、自分でどうにかするって言っていても
出来ないことの方が実は多かったりします。

そんな時、自分がたくさんの人達に
付き合って育ててもらったように
私もこれからそれを望む人に
適切に伝えられるようになっていきたい。

改めて、今日この日に
心に刻んでおきたいと思いました。


「出来るかどうかはわかんないけど」
ではなくて、
「こうやってやって行くんだ!」とハラをくくれる。

でも、
「またやっちゃったかな、てへっ」
と自分の都合のいいように考えることができる。


そんな人を増やしていきたいと思っています。