最近、再びダグラス・ハーディングの『心眼を得る』を読んでいる
“得る”といっても、
新しい何かを手に入れるとかではなくて、
自然にそのままに見ること、と言った方がしっくりくるような。
彼は「自分は何者なのか」という疑問を抱き続けていたある日、
自らの頭がなくなる、という体験をする。
初めて本書を手に取ったときは(3年前くらいかな?)、
さらっと通読して
「う~ん、興味深い体験が載っているけど、同じ頭がなくなる体験とやらを味わわなきゃ、ピンとこないな…」という印象だった。
でも、この本には不思議にひかれるものを感じた。
手元に置いてたまにパラパラ読み返している内に、
この本で示されていることは
もしかして、凄くシンプルなことなんじゃないかと気付いた。
頭がない、ということ。
それは当たり前過ぎて
普段見過ごされている。
“自分は何者なのか”
鏡や人の眼や、あらゆる観念を抜きにして、そのままにあるものを直接見てみるだけで・・
空っぽな感覚に、目の前のあらゆる色や形が現れている。
境界なしの自然。
炊きたてご飯×いわしのぬか炊き

いわしのぬか炊き、たまに無性に食べたくなる。
特に、天ぷら屋さんで頼むぬか炊きが美味しくて…

画材はペンと色鉛筆
“得る”といっても、
新しい何かを手に入れるとかではなくて、
自然にそのままに見ること、と言った方がしっくりくるような。
彼は「自分は何者なのか」という疑問を抱き続けていたある日、
自らの頭がなくなる、という体験をする。
初めて本書を手に取ったときは(3年前くらいかな?)、
さらっと通読して
「う~ん、興味深い体験が載っているけど、同じ頭がなくなる体験とやらを味わわなきゃ、ピンとこないな…」という印象だった。
でも、この本には不思議にひかれるものを感じた。
手元に置いてたまにパラパラ読み返している内に、
この本で示されていることは
もしかして、凄くシンプルなことなんじゃないかと気付いた。
頭がない、ということ。
それは当たり前過ぎて
普段見過ごされている。
“自分は何者なのか”
鏡や人の眼や、あらゆる観念を抜きにして、そのままにあるものを直接見てみるだけで・・
空っぽな感覚に、目の前のあらゆる色や形が現れている。
境界なしの自然。
炊きたてご飯×いわしのぬか炊き

いわしのぬか炊き、たまに無性に食べたくなる。
特に、天ぷら屋さんで頼むぬか炊きが美味しくて…


画材はペンと色鉛筆
