今日はちょっと変わった話・・お茶


一体いつからか、はっきりはしないけど
私は幼い頃からイタリアのローマが
異様に好きだった(今は普通に好き)。

異様に。
ガイドブックとかで見る街並みとか特にビル
理由も無く。


自分でも不思議だったけど、確か小6か中1の美術で、自由に好きな絵を描く時間、


私は何故か「コロッセオ」を水彩絵の具で描いたアート

ローマの観光地、円形闘技場の史跡を。
なんでだろう~(頭にテツトモが流れ出したので打ち消すびっくりあせる)。

その時はそれが闘技場だとも知らなかった。


そして、それからだいぶ経ってからだけど、
語学に興味の無かった自分が

やたらイタリア語のテキスト(しかもCD付きとか)を集めて、
ラジオでイタリア語講座とか聴きながら、
バリバリ勉強する始末・・本CDえんぴつキラキラ


何か知らないけど、気が済むまでそんなことをやっていた。

言葉もそうだし、歴史も。
ピンポイントでローマに親しみを感じていた(出所不明の親近感)猫村3

華やかなフィレンチェでもなく、旅情溢れるヴェネチアでもなく・・

それで
もしかして前世で関係あった場所かしらんチップとデール チップ音符
とか思っていた。ロマ~ンポインセチア


そういうことについて
今私が思うことは、

前世にしても、他のすべてのイメージや私たちの自我、現れているもの、
そのあらゆるものは
意識や存在や、ただのこれ、と呼ばれているもので、

それはこうして
喜怒哀楽や肉体的な知覚を伴って、世界や自分を認識しているのと
同じような意味で、
確かに(前世)もある、と言える。
(一部を否定したら全部を否定することになるから)

一方、直接には、
現れとしての対象は結局は実際のこれ、在る。
意識と呼ばれるこれには、
探しても何も見つからないし、探す者もいないので、
結局はなにもない。

ある、けど、ない。

ただ、前世にしろ、他の神秘的なことにしろ、自分も色々あったから
そういうものがどんな風に現れるのか、
面白いなあと感じる流れ星

幽霊やUFOを自分の目で見たときは
衝撃を受けたし
(しかもその時一緒にいた人も同じものを目撃していた)。

想像の数だけ、沢山の世界があるような気がする。

私もきっとイタリア人だったことがあるんだろうなラスカル