違うものは違ってる。
変わってるものは変わってる。
それは、それ以上でもそれ以下でもない。
良い事でも、悪い事でもない。
ただそうだった、というだけのこと。
こんにちは。セラピストの坂木 珠緒です。
私のところに来る方は
一生懸命、周りの普通に合わせようとしすぎて
苦しんでいる。苦しんできた。
そういう方は多いです。
そして、私から
「もうしょうがない。
だって変わってるから。変だから。
あなたが、他の人がこう思うだろうと想像して
何かやればやるほど
おかしなことになるから。
酷いことになるから。
どうやったって、人と一緒のことなんて出来ないから。
さっさと諦めよう~( ̄▽+ ̄*)」
と言われてしまう方も
それなりにいらっしゃいます。
そこに良いも悪いもないんですよね。
ここ最近、そんな所を扱うことが多かったので
以前、そんなことに書いた記事をご紹介。
■「違うもんは違うと諦めよう」
http://hama-sush-jp.pro/tsakaki/entry-12017439297.html
■「人と違ってても良かったんだ」
http://hama-sush-jp.pro/tsakaki/entry-12023181940.html
■「100%のコミュニケーション」
http://hama-sush-jp.pro/tsakaki/entry-12027351802.html
そして、こういう所が分かるというのが
多分、私が自分の中にいくつもの面を
元々、もっていたせい。
どんなことも起こりえるし
本当に色んな人がこの世にはいるのだと
思っていたせい。
思っていた、というか
分かっていた、というか。
自分の中の二面性
というならば
基本的に優しいし、人を助けたいと思う方じゃあるけど
どれだけでも、人って冷たく、残酷になれる。
そう知っている。
ちょっとタイミングとか環境によって
たまたま、今は良い人でいられた、のかもしれない
ということがあると、分かっている、
としか言いようがない。
テキパキできて、しっかりしている部分と
抜けてる所、おっちょこちょいな所の
どちらもある。
自信をもって、どんどん出来る所や
強気な部分を出せる所もあれば
何でもないことに、
妙に緊張したり、怖気づく弱気な部分も
同時にもってる。
そんな時、周りから
そうは見られてないのだろうな~、とか思いつつ。
学校とか職場とかどこかに所属してる時に
そこそこ勉強も仕事も出来たし、
一般的な礼儀部分とか
最低限、必要なことは出来ても
一歩踏み込んだ、人との関係をつくる場で
人と一緒に何かをやっていくという所では
悲しいくらいにどうやっていいか
分からなかった、とか。
その自分の中で矛盾している所、
駄目な部分は切り離して
良い方だけ残したいと思うような所も
全部、持ち続けて
自分という存在なんだ
と、
私はどこかで受け入れたのだろう。
いや、最初から
「人って矛盾してて当り前。
色んな面があって当り前。
それの何が悪い?何で駄目なの?」
と、思ってたのかな、とも思う。
そもそも普通なんてないんだよ。
みんな特別なその人なんだから。
そう言い方をされるのも
分からないじゃないし、
確かにそうなんだけど
もう明らかに
何か受け取り方と発想が
人の平均値にはまらないことが多すぎる方は
やっぱり
変わってる自分。
普通ではない自分。
という所を受け入れて
そこから、モノゴトを見る方が
きっと、色々生きやすくなる。
そう思うのです。
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◆イラスト by とうこさん
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