80年前の4 月7 日,沖縄を救うべく出撃した戦艦大和が爆沈した。この日 世界最強と言われた戦艦大和は,沖縄を向かう途中の東シナ海で米軍の波状攻撃を受けた。航空機三百数十機の猛攻に耐えかた戦艦大和は14時23分左に横転、大爆発を起こして沈没した。命を落とした乗組員は、3,056 名を数えたという。
この作戦は、大日本帝国海軍最後の艦隊の全勢力をもって沖縄を救いに行きたいという強い思いに駆られた作戦だったという。沖縄県民に対するその思いはよく分かる。しかし,航空機の飛べない嵐の日を狙って沖縄に突入するとか,艦隊を二つに分けて陽動作戦を仕掛けるとか,もっと違うやり方があっただろう。これでは,あたら尊い命を,無駄死にさせるのと変わらない。最高指揮官達が思考停止に陥っていたとしか,私には思えないのである。艦長をはじめとする大和の全乗組員も,私と同じことを思ったに違いない。
沖縄へ沖縄へ。

戦艦大和での最後の食事は,海苔の巻いていない塩おにぎりが一人に三個配食されたという。当時は大都市を除き,白米を食べれるのは正月か祭礼の時などに限られていた。日本国民の食生活はそれほどに貧しかったのである。戦艦大和の出陣飯が白米のおにぎりだったのは,豪勢なことだったと言える。
世界最強と言われた戦艦大和に乗り組んだ貧乏国の将兵は,白米のおにぎりを噛みしめて,沖縄を目指した。沖縄県民を救うためだ。沖縄へ 沖縄へ,沖縄へ。英霊の皆さんは暗い海の底で,まだそうつぶやいているかもしれない。今日は,この海戦や沖縄戦で命を落とした日本軍将兵や沖縄県民のみなさんの魂が鎮まるよう祈り続けたいと思う。 合掌
