ごくたまに骨董屋さんが,靴下を履いた火縄銃を私に売りに来ることがある。靴下といっても皮などで出来た筒状のもので,本物の靴下ではない。私は,靴下を履いた火縄銃を見ると無理をしても買うようにしている。なぜなら靴下を履いた火縄銃は,実弾射撃のできる優秀な火縄銃であることが多いからだ。
靴下をはいた火縄銃
現代銃は銃床尾を肩にあてて射撃するが,日本の火縄銃は,銃床尾を頬に当てて射撃する。火縄銃で実弾射撃をする人の中には,頬の汗などで鉄砲が滑らないように皮革製のカバーを取り付ける人が少なくない。このカバーが,私がいう火縄銃の靴下なのである。わざわざ皮革製のカバーを自作するほどだから,実弾射撃では,よく当たる鉄砲だったのだろう。
私はつい最近知ったのだが,このカバーは,江戸時代の頃からもうあったという。下の写真は,出來銃砲店の江戸期からの売り物の銃床袋である。しかも江戸期の在庫だそうだ。
江戸期の在庫,火縄銃の銃床袋
出典 FC2プログ日本の武器兵器 j火縄銃の装具の証明 - 日本の武器兵器 (fc2.com)
出來銃砲店の先祖は,初代紀州藩主・徳川頼宣が駿河にいた頃から仕えてきた御用鉄砲師で,以後代々、和歌山市東鍛冶町で鉄砲鍛造工場を営んできた。12 代目になる御当代も、同地で銃砲火薬店を経営している。江戸期の在庫まで残っているとは,さすがは和歌山が誇る四百年企業の出來家である。

