水戸藩所蔵の早乙女砲
海防問題は,日本人の琴線を打ち震わせるということ。
日韓問題は,とても私の健康に良くない。考えただけで,血圧が140を軽く突破する。すべて悪いのは,誇大妄想病患者の文在寅だ。特にレーダー照射問題には,温厚な私も完全に怒った。だいたい韓国政府はバカである。日本人の特質を知っていない。とうとう韓国政府は,日本人の琴線に触れてしまったのである。海防問題となれば,日本人は敏感に反応し,一枚岩となって熱狂することを歴史は証明している。
これは,水戸藩の所蔵の鍛鉄巻張大筒である。

種類 差火式大砲 全長約69cm 口径約6cm 砲耳約6cm 重量約38Kg
19世紀初めごろから、欧米による日本近海での捕鯨が盛んになり、外国船が日本近海に出没するようになっていた。そして,文政7年(1824年)には、英国船数隻が水戸藩領常陸大津浜に姿を現し、12人の英国人が上陸するという事件が発生した。危機感を募らせた江戸幕府は諸藩に対し、異国船打払令を発し、国内沿岸に接近する外国船は見つけ次第に砲撃し追い返すことを命じたのだった。
このような緊迫した海防問題を抱えた状況下で製造されたのが、この早乙女砲である。この砲は、天保3年(1833年)に水戸藩の甲冑師十五代早乙女家次が、職人4~5人掛かりで南蛮鉄を用いて手作りした鍛鉄巻張大筒である。水戸藩は、甲冑師まで動員し大筒を作らせたのである。大筒の裏には『南蛮鉄を以て巻張の十五代早乙女家次作 天保三年八月日』と銘が刻まれている。当時の海防論や攘夷論の熱気がいかに沸騰していたか理解の一助になろう。

なお現在、日本には,早乙女砲は、二門しかなく,残りの一門は北東北の人が持っていたはずである。本品は,ずうっと隠し通そうと思っていたのだが,現在の国事多難な状況を鑑み,恥ずかしながら,ブログアップすることにした。【つづく】