入試シーズンですね。
嬉しい合格を手にする受験生がいる一方で、当然ながら不合格をもらうことも多い。
私も現役で大学を受けてまさかの不合格をくらったとき、落ち込みましたね。
泣きました。
しばらくふてくされてもいたように思います。

そしてまた、そんなわが子の姿を見ている親もつらい。
わが子が悲しむ姿を、親は見たくないですからね。
ほとんど本能的に。

落ち込んでいたら、なんとか励ましてあげたい。
だけどどうしていいのかわからない。
そんなことも多いと思います。

何年か前に、スーパーで買い物をしていたら、たまたま大学のときの同期にあったんですね。
息子さんが中学受験をして、熱望校には合格できず、別の学校に進むことになったと。
その学校だっていい学校ですよ。

だけど、本人的には納得がいかず、ずっと落ち込んで、気持ちの切り替えができていないと。
それを見ていてつらいと。
どうやって励ませばいいかな?って、相談されました。

そこで私は、「無理に励まそうとするんじゃなくて、息子さんが悔しいと言っているなら『悔しいんだね。悔しいよね』って共感してあげればいいし、『いまは何もやる気がしない』と言うなら『いまは何もやる気がしないんだね』とただ聞いてあげればいいよ」って、アドバイスしました。

「自分の気持ちをお母さんがしっかりと受け止めてくれた、理解してくれたと思ったら、子どもも安心して、自分の足で立ち上がろうとするものだから、そうしたら自立できるようになるから」って説明しました。

「そっか! なんとか励まして早く元気にしてあげなきゃって思い込んでたけど、共感すればいいのか」って、すごく喜んでくれて、実際にそうしてみたら、お子さんも元気を取り戻したそうです。

不合格だからって人生が失敗したわけではないとか、あなたの頑張りが誇りだとか、次があるとか、励ますための言葉はいろいろありますけど、そういう正論は、落ち込んでいる最中には響かないどころか鬱陶しいんですよね。

そういう正論をつい言いたくなっちゃうときって、本当に相手のことを思っているというよりは、早く子どもの元気な顔を見て安心したいという親のエゴが先に来ちゃっている場合もあると思います。

正論を言うひとよりも、いっしょに落ち込んで、ただ隣でオロオロしていてくれるひとの存在が、必要なときってありますよね。

落ち込んでいるひとが、弱音を吐いているときとか、心の痛みを吐露しているときとか、無理に励ますんじゃなくて、さっき言ったみたいに、そのひとのそのまんまの言葉をオウム返ししてあげるほうが、結果的に相手を勇気づけることがあります。

気の利いた一言を言おうとしないで、オウム返しでいいんです。

そして、自分の足で再び立ち上がるのを待つ。
そこで急かさない。
しっかり落ち込ませてあげさせる。
「いいよ、いいよ、いまはしっかり落ち込みなさい」って。

しっかり心の痛みと向き合うことで、結果的に、不合格からしか学べなかったことをお子さんは学ぶことになると思います。
そしてそれが、その子にとっての「隠し味」のような魅力になり、人生を支えてくれるのだと思います。

親としては、自分の足で立ち上がって前を向こうとするわが子の横顔をしっかり目に焼き付けてほしいと思います。
「困難にぶつかっても、自分で立ち上がるくらいに、ああ、こんなに立派に育ってくれたんだ」って、きっと安心できますから。

 

縁起でもないことをお話ししましたが、備えあれば憂いなしともいいますから、十分に備えておいてください。
 

 

※2026年2月19日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。